演奏は間もなく終わろうとしていた。音の中に意識を潜り込ませていた私は、水面に浮き上がるように現実世界に戻りつつあった。
「みちる」
急に名前を呼ばれたような気がした。不意を突かれて演奏を止めてしまいそうになったが、あまりに微かだったので、かろうじて手は止めずにいた。それでも胸は高鳴っていて、自分の意識は一気に浮き上がってきた。
「みちる」
今度ははっきりと聞こえた。正確には声が耳に届いたわけではないのだが、間違いない。呼ばれている。
まさか。なぜ?頭の中は疑問符でいっぱいだったが、急いで演奏を止めて正面側の小窓を開けた。
「はるか」
そこには先程別れたはずのはるかがいた。ランニングウェアに身を包んでいること以外、数時間前と変わらぬ姿である。こちらを見て、驚いたような顔をする。
「待って」
一言声をかける。ソファに置かれたストールだけ手に取って慌てて羽織り、急いで外に出た。
はるかは正面の大きな門の前に立っていた。開けるには鍵が必要な門。海王家を守る大きな存在が、今はもどかしい。
はるか。何故ここにいるの?家には帰ったの?休まなかったの?
詰め寄り、手を取り、頬に触れて確かめたい。焦ってついそんなことを思ってしまったので、却って門があって良かったかもしれない。
そんな心配を余所に、はるかは手当済みの私の腕を眺め、呑気に「さすがだ」と呟いている。
はるかに家で手当をしていくよう勧めたが、さすがに断られた。仕方のないことだ。私だって、はるかの立場であれば断っただろう。
「どうして、僕が来たことがわかったの?」
どうしようか考えていたら、はるかに話題を変えられてしまった。
――どうしてはるかが来たことがわかったか。
私にもよくわからない。確かに声が聞こえた。ただそれだけだ。はるかは私の一部のような存在だと思っているからかもしれない。はるかの存在を初めて知った時と同じように、はるかには強く惹かれる何かがあるのかもしれない。
ただ、それを口に出すのはとても勇気がいる。
「……わかるわ。あなたに呼ばれたら」
「わかるわ。だって、はるかは私がずっと探していた人ですもの。はるかに呼ばれたら、わかるわ」
こんなことを言ったら不思議がられてしまうかしら。嫌がられてしまうかしら。私は自分で言ったことが恥ずかしくなり、顔を上げられずにいた。
「はるかこそ。なんでここまできたの?」
はるかが黙っていたので、今度は私から問う。はるかはすぐに答えなかった。顔を上げて見ると、どこか複雑な表情をしているのが目に入った。
「……君の顔が見たかったんだ」
はるかから発せられた言葉が予想外で、多分、驚きがそのまま顔に出てしまったと思う。
顔がほんのりと温かくなる。朝日が昇ってきたのを感じた。
この胸の高鳴り、そして光に照らされる感覚。ヴァイオリンのコンサートでステージに立つ感覚と似ているかもしれない。なぜ今そんなことを考えてしまうのかわからなかったが、ふと、状況を重ねてしまう。
今、観客もいないし手にはヴァイオリンもない。でもはるかは私を見つめ、待っていてくれている