……私は。
ずっと私に足りないものが何かあって、それははるかなのだと思っていた。はるか自身が私の一部のような存在なのだと思っていた。
でも、それは違うのかもしれない。
私はずっと、誰かに認めてもらいたかった。「ヴァイオリニストの海王みちる」でもなく、「画家の海王みちる」でもない。何でもない私がここにいることを認めて欲しかった。
私にずっと足りないと思っていた何か。たった今、それをはるかが埋めてくれた。そのことに気づいてしまったら、急に何かがこみ上げた。慌てて笑ってこう返す。
「ばかね。さっきまで一緒にいたのに」
少しでもはるかに近づきたい。はるかに触れたい。
躊躇って伸ばした手は、そのまま門扉の鉄柵に置かれた。冬前のひんやりとした空気に冷やされたそれは、想像以上に冷たい。
はるかも一歩前に近づき、手を伸ばしてきた。あっと思った瞬間にその手は泳ぎ、私の隣の鉄柵を掴んだ。
一瞬……ほんの一瞬だけ、期待をしてしまった。
でも、もし……。そんなことになっていたら、もう私はこれ以上自分の気持ちを誤魔化せなかったかもしれない。
感情が忙しく揺れ、何も言葉を発することができないでいた。はるかも特に言葉を発さずに私を見つめていた。
何かの合図かのように足元に風が流れた。はるかも私も、それを合図に門扉から離れた。
はるかが何を考えていたのかはわからない。でも別れ際、少し表情が晴れたような、どこか納得したような顔をしているように見えた。
外にいたのは少しの時間だったのに、身体がすっかり冷えてしまった。ストールを身体に巻き付け、身を抱くようにして部屋に戻る。
もう一度ヴァイオリンを弾こう。先程慌てて置かれたヴァイオリンをそっと撫でた。
多分、今この気持ちを鎮める手段は、それしかない……。