物心ついてから……風になる方法を模索し始めてから、僕はずっと走ってきた。他にもいろいろスポーツをしてきたし、車に乗るのも好きだったが、時間も場所も気にせず走りたいときは自分の足で走るのが一番だ。陸上競技として主に取り組んでいるのは短距離だが、気が向いたら一時間くらいふらりと長い距離を走りに出ることもある。
戦いの後で足は重かったが、足を動かしていたら少しずつ動くようになってきた。コースは決めていなかったが、朝日が出る方向を目指して進む。
走っているときは、目の前のことだけに集中できる。ただ前に足を出して進む。それを繰り返すだけだ。やがて僕は風と一体になり、周りの音は聞こえなくなる。
僕が走りはじめた理由は、「風になりたかった」からなのだが、走り続けている理由は別にある。走っている間は誰にも邪魔されない。全身に血が巡り、頭が冴えてくる。考え事に集中できる。……そして今日のように、やり切れない思いを振り払いたい時。走っている間はそんな気持ちを忘れられる。だから僕は走っている。
ずいぶん前から、僕は自分が何者なのかずっとわからないでいた。恵まれた家庭に育ち、欲しいものは何でも手に入る環境だった。たくさんの習い事をさせてもらい、勉強も運動も、少し頑張ればクラスで一番になれた。羨まれ、賞賛され、妬まれた。でもどれも気にならなかった。なぜなら僕は自分自身のことがよくわからなかったから、自分自身に向けられる声も自分の事として受け取れなかったのだ。皮肉なことに、自分が誰であるかを求めて動いていると、勉強も運動も成績が伸び、ますます僕は周りから異質な存在として見られるようになった。