「みちる?」
名前を呼ばれてはっとしてそちらを向くと、はるかが部屋の入口に立っていた。
「どうしたの?」
はるかがみちるの方に近づいてきた。制服を手にしているのに気づいて、制服とみちるの顔を交互に見る。そして何かを悟ったような、優しい笑みを浮かべ、すっ、とみちるの顔に手を伸ばした。
「……涙、出てる」
目の下に人差し指を当て、涙を掬ってくれた。いつの間にか涙が溢れていたことに、みちるは気づいていなかった。
「……ごめんなさい」
勝手にはるかの制服を手に取って泣いていたなんて。恥ずかしくなって、思わずうつむいてしまう。
「なんで謝るの?」
はるかの声は優しかった。その優しさが嬉しくて、でも恥ずかしくて、制服を握りしめたまま首を横に振った。
「……たく、ない」
「え?」
絞り出すように言った声は、あまりに微かで、はるかに届く前に足元に落ちてしまった。でも、はるかは続きを急かすようなこともない。ただそこに佇み、みちるが話すのを待っていた。
もう、涙も見られているのに、今更何を恥ずかしがると言うのだろう。みちるは顔を上げて、今度ははっきりと口にした。
「はるかと、離れたくないの」
口にすると、自分の思いの強さに気づく。
はるかと離れたくない。それが本心なのだ。自分の気持ちに蓋をして見ないふりをしていたけれど。
「みちる……」
はるかは驚きと戸惑いが混じったような顔でみちるを見つめていた。
「でも、私、これ以上はるかを縛りたくないの。私ははるかを使命に巻き込んでしまったから……。
もう、はるかは自由になって……」
ふわり、とみちるの両肩にはるかの手が置かれた。それから、ぐいっとはるかの胸に引き寄せられる。
制服から漂うのと同じ、はるかの匂い。それから柔らかい温かさに包まれた。
「縛るなんて、言うなよ」
はるかはみちるの頭を抱いて、そう呟いた。
「僕は自分で選んだんだ。みちると共に戦うことを」
はるかの胸に抱かれながら、みちるは首を精一杯振っていた。
――私はずっと、はるかを使命に巻き込んでしまったことを悔いていた。
はるかは私と出会わなければ、今頃普通の高校生活を送っていたはずだ。多才でモテるから、きっと学校中の人気者だったに違いない。天才レーサーとして世界を回っていたかもしれない。
一方で、はるかがいない世界を想像するのはとても恐ろしい。はるかがいなければ、私は……。
どちらもみちるの正直な思いだ。どちらとも選べない。自分勝手な自分を呪い、みちるはただ首を振り続けた。
はるかはみちるの頭に手を置き、そっと撫で続けた。私の好きなはるかの手の温もりが、頭にじんわりと伝わる。
「ねえ、みちる」
はるかに声をかけられて、私は顔を上げた。
「制服、最後にもう一度着てみない?」