誤魔化されたような気がしないでもない。でも、それでもこの腕の中が心地よくて、つい身を任せてしまう。固く強ばった心が少し解けて、じんわり温かく柔らかくなっていくようだった。
「……でもさ、これで僕の気を引こうってのも可愛いもんだよな」
しばらく経ってはるかがそう言って、テーブルの上にある袋を指した。
「……?」
みちるがそこから小さな小箱をつまみ出すと、それははるかがファンの女の子から貰ったと思しき香水の箱だった。
「キスしたくなる香り……??」
「そう。あの子ら、僕にこれを付けさせてどうするつもりだったんだろ。こういうの、普通は自分で付けてくるものじゃないか?」
はるかは心底不思議だという顔で言った。
確かに、不思議な行動ではあるが、はるかにどうしても近づき振り向いて欲しいという必死さはわからないでもない。今まで近づいてきたはるかのフリークも、時々不可思議とも思える行動を起こしたことがあった。
でもはるかが実際に振り向いたことがあるかと言えば、もちろんない。それどころか、その必死さはこれっぽっちもはるかには伝わっておらず、大抵みちるが後から話を聞いて、相手に憐れみを感じてしまうのであった。
それを思い出すと、つまらない嫉妬をしてしまった自分が急に馬鹿馬鹿しくなる。みちるははぁ、とため息をついた。
「どうしたの?」
「……なんでもないわ」
まだ身を寄せ合う形のまま、みちるは目を伏せていた。自分に呆れる気持ちと、醜態を見せてしまった恥ずかしさで、今は顔を上げられない。
「ね……こっち向いて?」
はるかはもう一度みちるの頬に手を添え、優しく口付けをした。一度だけ……と思っていたら、一瞬の間を置いてもう一度。二度目のキスは深く、舌先が口内を撫で、絡み合う。
はるかから漂う香水の香りが鼻腔をくすぐった。なるほど、付き合いたての恋人同士であれば、こういった香りで気持ちが盛り上がることもあるのかもしれない。
甘いキスでぼんやりとする中、なぜかみちるは冷静にそんなことを考えてしまった。
「……どう?キスしたくなった?」
「……ばかね。こんな香水なんかなくたって、私はいつでもはるかとキスしたいわ」
「じゃあ、もっとしよう」
みちるの言葉に、はるかはもう一度みちるに口付ける。先程の二回より、さらに深く、ゆっくりと。蕩けるような柔らかさと、香りによる刺激が相まって、気づけば先程まで抱いていた邪念は消え去っていた。ただこの甘さにだけ酔いしれる。
はるかがふっと口から離れ、即座にみちるの首元に移った。不意打ちに思わずため息を漏らしてしまう。
「……っ」
首に沿って優しく撫でるような口付け。はるかはいつも、みちるのコンサートが近いときはうっかり痕をつけてしまわないようにと特に気を遣う。その優しさは嬉しいしありがたいが、今は少しもどかしい。
くすぐったさと胸が締められるような感覚に溺れているとはるかが目で合図をしてきた。
――もう、いいよね?
その合図に、みちるの中に少しだけ残った理性が一応抵抗する。
「ケーキ……食べるんじゃなかったかしら」
その言葉にはるかは少し意地悪く微笑む。
「みちるが先かな」