深夜に訪ねてきたはるかは、星野から自分が倒れた際の経緯を聞き、パレスに戻ろうとした星野を引き止めて、言った。
「頼みがある」
はるかが――いくら中身がウラヌスとはいえ――自分に頼み事をするとは信じられず、星野の思考は一瞬停止した。
「え……何」
困惑する星野を他所に、はるかは至って冷静なままだった。
「君たちのプリンセスに会わせて欲しい」
はるかの口から出た言葉に、星野はさらに戸惑った。
「会ってどうするんだ」
「お前に言う必要はないだろ」
はるかは冷たく返した。やはり、こいつのことは全く理解ができないし、中身がどうであれ馬が合わないらしい――。星野は苛立ちながら、腕を組んで突っぱねるように答えた。
「大事なプリンセスに、理由もなくお前を会わせられるわけないだろ」
はるかは星野の答えにも特に動じる様子はなく、腰に片手を当て、堂々とした立居振る舞いで星野の方を睨んでいた。
「星を守ったヒーローにその態度とは。君らの星の住人は礼儀を知らないみたいだな」
軽く鼻で笑うように息を漏らし、はるかは言った。星野は痛いところを突かれたというような、苦々しげな表情を浮かべる。
「……わかったよ。けどお前こそ、人にものを頼むときの態度は覚えた方がいいと思うぜ」
星野は夜天と大気に先に帰ることを告げてから、はるかと二人でキンモク星に向かった。その道中も星野にとって腹立たしいやりとりはいくつかあったのだが――星野が説明をしようとすると夜天と大気が呆れたような表情で聞き流そうとしたため、結局割愛された。
キンモク星に到着してすぐ、星野ははるかを王宮に連れていき、火球皇女に引き合わせた。皇女は突然戻ってきた二人に驚くこともなく、恭しく王宮内の一室に迎え入れた。
「頼みがある」
星野に話したときと変わらない口調で、はるかは火球皇女に告げた。
「なんでしょうか」
皇女も、変わらない穏やかな表情で返した。
「僕の身体に元々いた、はるかの魂を戻して欲しい」
はるかの発言に、皇女だけでなく星野も驚く。
「何言ってんだよ」
割って入った星野のことは気にも止めず、はるかは皇女の目を見つめたままだった。
「頼む」
いつも穏やかで落ち着いている火球皇女にとっても、はるかのこの発言は意外だったようで、戸惑ったような表情をしていた。星野ははるかと皇女の顔を見比べる。
しばらく二人は見つめ合って黙っていた。はるかの真摯な視線を、皇女は真剣に受け止めているようだった。
「なぜ、そんなお願いを?」
少しの間そうしてから、皇女が口を開いた。はるかは一瞬目を伏せたが、すぐに皇女に視線を戻した。言葉を選ぶよう、ゆっくりと発する。
「彼女に……みちるに必要なのは、僕ではなくはるかだから」
「どういう意味だよ」
星野の問いに、はるかはちらりとそちらを見た。
「そのままの意味だ」
はるかの答えに、星野は解せないと言った表情で、黙ってはるかを見ていた。皇女は二人のやりとりを黙って見つめていたが、やがて口を開く。
「申し訳ないのですが、私の力は、すでに生を全うした身体に魂を呼び戻すものです。ですから」
「今この身体に入っている魂はどうなってもいいから。頼む」
はるかは皇女を遮って、やや強めの口調で言った。真剣な顔つきのはるかに、火球皇女は再び口を噤んだ。室内がしんと静まり返る。
「お前……なんで」
傍で見ていた星野が、ぼそりと呟いた。はるかはそこで初めて星野の方をきちんと向いた。
「僕たちがこのまま二人で過ごせば……多分お互いに、一生埋まらない穴を埋め続けることになると思ったんだ」
はるかが静かに言った。が、星野にはいまいち伝わっていないようだ。困ったような表情をしている。
「よくわかんないんだけど」
「お互いを見ているようで見ていないんだよ」
はるかは星野の方に身体を向けてはいたが、視線はどこか遠くを見つめるように先を見ていた。
二人の様子を見て、火球皇女が一言挟む。
「例え生きている方の身体に魂を移せるとしても、危険を伴う行為です。最悪の場合、どちらの魂も身体の中に残せず、今度こそ本当に死んでしまうかもしれません」
「ああ。構わない」
はるかが即答したのを聞き、星野がまた口を開いた。
「お前、本当にいいのか。お前がいなくなったら、またみちるさんを悲しませるかもしれねーんだぞ」
星野の言葉に、はるかは少しだけ目を伏せ、呟くように言った。
「いなくなったなら、それはそれでいいと思ってる」
「え……」
その答えが意外だったようで、星野が戸惑ったような顔をする。はるかは自らの拳を握った。
「目の前にはるかがいることが、彼女にとっての呪縛でもあるってことだ」
はるかの答えに、星野は言葉を詰まらせ、静止した。
ふと、星野の頭の中には、かつて自分が想った相手――月野うさぎが浮かんだ。彼女は自分が地球にいる間、ずっと恋人の行方を案じていた。突然連絡が取れなくなった恋人を心配し、常に陰っていた表情。星野にとっては今でも忘れられない。
はるかの言わんとするところが、理解できないわけではなかった。しかし、恋人の目の前から姿を消すおそれのある選択が本当に正しいのか。それもまた、わからなかった。
星野が明らかに納得していない様子を見て、はるかがふっと笑う。
「なんだよ。お前が言ったんじゃないか、みちるが心配だって」
星野の前で、はるかが初めて表情を緩めた。その意外性と戸惑い、両方が合わさって、星野は複雑な表情を浮かべる。
そうかもしれないけど、と星野は俯き、口籠る。
「なにも、この方法じゃなくてもいいんじゃないかなって」
星野の言葉に、はるかも俯いた。
「そうかもしれないな」
はるかの表情は星野とは違って、どこか爽やかさすら感じるほど清々しかった。
「それでも、やるんだな」
星野が問うと、ああ、とはるかは頷いた。
「ファイターから聞いたかもしれませんが、魂を追うには手がかりが必要です」
皇女の言葉に、はるかは頷いた。おもむろに、左手の薬指に触れ、何かを引き抜く動作をした。
「これを」
手のひらに、きらりと輝く指輪が乗っていた。はるかの細長い指によく似合う、華奢ながらも存在感のある指輪だ。
「本人の魂に近いもの、がいいんだろ。たぶんこれが一番いい」
皇女は、室内の棚からハンカチのようなつるりとした上品な素材の布を取り出して、その指輪を丁寧に受け取った。皇女が指輪を受け取るのを見て、星野は思わず尋ねた。
「プリンセス、やるんですか?」
皇女は何も答えず、布に包まれた指輪を見ていた。それから視線をはるかに戻す。まるで、その意思が変わらないことを確認するかのように。
はるかは迷う様子はなかった。火球皇女に向かって、ゆっくりと大きく首を傾け、頷いた。