星野が下に降りると、はるかがパレスの入口前に立っていた。
以前とは異なる人格となったはるかに、星野はなんと挨拶をすればいいかわからず、躊躇いがちに表情を伺う。暗くなってから改めて見ると、その表情は凛々しく、何かの使命を負った戦士らしい表情が伺える。ちょうど星野から見て、はるかは月光をやや斜め後ろから浴びているからだろうか。顔にかかった影が、何やら憂いを表しているようにすら見えた。
「聞きたいことがあるんだ」
星野が黙っていると、はるかの方から口を開いた。
「なんだ?」
「僕が……はるかが倒れてから目覚めるまでの経緯を教えてほしい」
はるかは淡々と、事務的な口調だった。あまりの冷静な様子に、星野の頭には先ほどはるかと一緒に帰宅したみちるへの心配がよぎるほどだった。
「いいけど。みちるさんは?」
「彼女は休んでいる」
余計な感情を一切排除したような返事に、そうか、としか返せず、星野は俯いて話を始めた。
はるかが倒れてから火球皇女の力を使って転生を行ったこと。その際にはるかの魂の手がかりとして、スペース・ソードを使ったこと。星野はこの二つを説明した。
なんだか遠い昔の出来事のような、不思議な気持ちだった。話していた時間は短かったが、話し終えてみると心が痛むのを感じ、星野にとってもショックを与える出来事であったことに気付く。
「そうか」
話を聴き終わったはるかは、一言それだけ呟いた。そして、何かを考え込むように黙り込んだ。
星野は、何を考えているのかわからないその表情に、どこか腹立たしさを感じていた。人格が変わっていようがいまいが、はるかと自分は相容れない存在なのかもしれない――そんなことを考えていた。
「お前」
自分で尋ねたくせに、聞くだけ聞いて黙り込んでしまったはるかに、星野は苛立ちを隠さずに声をかけた。
「何だ」
「お前はいま……天王はるか、ではないんだよな」
星野の質問に、なんだそんなことか、というようにはるかはため息をついて頷いた。
「ああ。そうだ」
はるかの言葉に、星野は少し困ったような表情をして、そうか、と黙った。その様子に、今度ははるかの方が苛立ったような表情を見せた。
「言いたいことがあるならあるなら言えよ」
「いや。俺が言うことじゃないとは思ってるんだけど」
はるかが促すと、星野は躊躇うように目を泳がせてから、伏せた。それから迷いながらまた口を開く。
「これからみちるさん、どうなるんだろうなと思って」
静かに呟かれた星野の言葉に、はるかは表情は変えず、眉を少し上げるように動かした。星野の発言の真意を測ろうとしているようだ。
「どうなる、って」
「みちるさんがお前の……いや、天王はるかにとってどんな存在だったか、気づいていないわけじゃないだろ」
星野は少しだけ熱のこもった様子で言った。しかし、はるかの表情はほとんど変わらない。相変わらず月明かりを背景に、冷たく暗い表情が見えるだけだ。
「それがなんだ」
「みちるさんがいいって言うから、俺らは言わなかったけど。なんか今のお前みてたら……みちるさんが心配だ」
星野は言った。星野の顔ははるかとは逆で、月明かりを浴びて明るく照らされていた。白く浮かび上がった顔が少し悲しげな表情になる。
はるかは睨むように星野の表情を見ていた。その視線の鋭さと同じくらい、鋭く短い声で言った。
「僕たちのことをお前に言われる筋合いはない」
みちるのことを挙げても表情一つ変えず、態度も改めることのないはるかに、星野は明らかにむっとした顔をした。
「ああそうかよ。じゃあ用が済んだならさっさと帰れ」
星野ははるかを追い返すような仕草をして、背を向けてさっさとパレスに戻ろうとした。
「ちょっと待て」
はるかは背を向けた星野を呼び止めた。星野が意外だ、というような顔で振り返る。まさかはるかに呼び止められるとは思っていなかった。
はるかの方を見ると、星野のことを呼び止めたにもかかわらず、はるかはそちらを見てはいなかった。俯いて広げた自分の手を眺めている。はるかは少しだけそうしていてから、手を握って顔を上げた。
星野にとってさらに意外な言葉が、はるかの口から発せられた。
「頼みがある」