ファイターは、住宅の平らな屋根の上に投げ出されていた。あと数メートル飛ばされていたら、落ちていたかもしれない。ギリギリのところで落ちずに済んだのは幸運なことだった。
立ち上がって歩こうとしたが、先ほどまで全身を圧迫されていたせいか、うまく立ち上がれなかった。よろめいて膝をつく。顔を落とすと、これまでの戦いと先ほど投げ出された時についた擦過傷が多数目に入ってきた。
こんなところに座っている場合ではない――そう思い、もう一度足を踏ん張って立ち上がる。
ファイターがいたのは、王宮から少し離れた住宅の屋根の上だった。立ち上がってみて目に入った光景に愕然とする。先ほどまで自分を握り潰そうとしていた大きな敵が、王宮にほど近い建物の上に横たわっているのだ。
状況が飲み込めないまま、はやる気持ちを抑えて屋根を伝って近づいていく。
そのうち、敵が倒れているそばに白い服を着た人物が倒れていることに気づいた。瞬時にその人物が誰であるかを悟り、ファイターの心臓がひゅっと縮まるように高鳴った。
――ウラヌス。
思わず足を速める。ウラヌスにあと数メートルというところまで近づいたタイミングで、別の方向からネプチューンが近づいてきていたことに気づいた。
ネプチューンは、その目にウラヌスの姿を捉えると、明からさまに表情が強ばった。ファイターと共にウラヌスの元に駆け寄り、跪く。
「はるか」
横向きに倒れていたウラヌスを、ネプチューンがゆっくりと起こし、自らの膝の上に頭を乗せた。片手でウラヌスの手を握る。ウラヌスは肩で荒い息をしていた。目立った傷はないが、明らかに衰弱している様子だ。
「どうして、こんな……」
ファイターが呟くと、ウラヌスは薄く目を開けた。視線がファイターの姿を捉え、口端を上げて笑う。
「僕は……風だから」
「え?」
ウラヌスの呟きがファイターには理解できず、思わずネプチューンの顔を見る。ネプチューンは、顔を強ばらせたままウラヌスを見つめていた。
「あれが、新しい技、なの?」
ネプチューンは、小さな声で呟く。ああ、とウラヌスは息を漏らして頷いた。
「言ったろ……君がピンチになっても、助けられるように……って」
弱々しい声で、ウラヌスが呟く。ネプチューンが目を潤ませながら、右手でウラヌスの髪を撫でた。
「バカね……どうして……」
ネプチューンが言葉を詰まらせると、ウラヌスはふっと微笑んで、ネプチューンの手を握り返した。
「情けない……な」
ウラヌスは目を閉じて、ふっと息を吐いた。浅い呼吸を繰り返し、時折苦しそうに顔を歪める。ファイターは居た堪れない気持ちになり、思わず口から言葉が漏れた。
「なんで……なんで、あなたが、この星のために……」
ファイターの言葉に、ウラヌスが目を閉じたままわずかに口端を上げた。
「僕らのクイーンが……悲しむからな」
それから、また少しだけ目を開け、ファイターに何か言いたげに顔を動かした。ファイターがウラヌスに顔を近づける。
「会いに行って、やれよ」
掠れるような声でウラヌスは呟いた。かろうじて、その言葉はファイターの耳に届く。
ウラヌスは眠りにつく時のように静かに目を閉じた。
「はるか!」
ネプチューンが叫んで、手を握った。
はるか、はるか……顔を近づけて小さな声で呼びかける。ネプチューンのウェーブがかった髪がウラヌスの顔を完全に隠し、ファイターからは見えなくなった。ファイターの目には、ネプチューンが背中を震わせながら名を呼ぶ様子だけが映っていた。
「なんでよ……」
ファイターはそう呟いた。
「なんで、あなたが……」
ただただ、二人をそばで見ていることしかできず、ぐっと唇を噛んで俯いた。