ファイターが次に目を開けた瞬間、状況は一変していた。
自分は相変わらず敵の手の中。そして視線の先には、ウラヌスが一人、建物の屋根の上に立っている。鋭い目つきで、離れているのに全身から殺気が感じられ、ファイターは思わず身震いをした。
ネプチューンは?そう思った瞬間に、急に頭が揺さぶられる。
「うわ」
一瞬ぐわりと身体が揺れたと思ったら、止まった。どうやら敵が腕を動かしたらしい。先ほどよりもウラヌスが見えやすい位置になっていた。
「うっ……」
小さなうめき声が聞こえて、はっとして右隣を見た。そこには敵のもう片方の手が握られた状態で浮いていて、ネプチューンがすっぽりと包まれていた。
どうやら、自分が意識を失っている間に状況が変わってしまったらしい。ファイターは捕らえられたネプチューンを見て、ウラヌスが殺気立っていた理由を理解した。
敵は、ウラヌスに向けてファイターとネプチューンを握った手を見せるように前に出した状態にしていた。ウラヌスの周囲には小さな敵が取り囲むようにうようよと集まってきている。ウラヌスとこの大きな敵を中心として、まるで円陣を作っているようだ。
「交換条件だ」
低く、不快感を感じさせる声を敵が発した。ファイターとネプチューンを前に突き出し、ウラヌスに言う。
「こいつらを傷つけられたくなければ、大人しくこの星のパワーを渡せ」
ウラヌスは苦々しげに顔を歪めた。
――まったく、なんて状況だ。
ウラヌスは心の中で舌打ちをする。
やはり自分たちがここに来るべきではなかった――。
「そいつはできない相談だな」
ウラヌスは吐き捨てるように言った。
「僕にとっちゃ、この星もその左手のヤツもどうだっていいんだ。右手に握ってる人だけ返してくれないか」
ウラヌスは、冷たく笑って言った。その発言に、ファイターが慌てたように叫ぶ。
「だめよ!私はどうなったっていいから、この星は――」
「なるほど」
ファイターの叫ぶ声は気に留めず、敵がざらついた声で答える。表情を持たないが、その声だけは楽しげに笑っているように聞こえ、ファイターの背筋を凍らせた。
敵は静止したまま、何かを考えているようだった。ウラヌスもその様子をじっと見つめながら何かを考えているように見える。
「いいだろう」
しばらくそのまま睨み合っていたが、敵が口を開いた。ネプチューンを握った手だけ、少し前に突き出す。
「ウラヌス……」
ウラヌスと数メートルの距離まで近づいたネプチューンが呟いた。その表情は苦しげで、ウラヌスはますます目を鋭く怒らせた。
「この星の皇女を出せ。交換だ」
ネプチューンを突き出したまま、敵が言った。ウラヌスは首を振る。
「ネプチューンを離せよ」
「だめだ。皇女を連れてこい」
ウラヌスの言葉に、敵は即答した。ウラヌスはギリ、と歯を食いしばる。ネプチューンの背後に、敵に握られたまま必死な顔でこちらを見ているファイターが見えた。
――たぶん、このままじゃ……。
状況が圧倒的に不利なのはウラヌスの目にも見えていた。視界には大きな敵でなく、無数の小さな敵も漂っている。個々の威力は小さいが、身動きを取りづらくするのには十分な存在だ。後ろを振り返ることはできなかったが、後ろからも数多くの敵に囲まれていることは、ウラヌスも気づいていた。
おそらく、大きな敵を狙って動こうとすれば小さな敵に阻まれ、小さな敵をどうにかしようとすれば大きな敵は迷いなく手のひらを握るだろう。
そして、皇女を差し出すと言えば――。
――やるしか、ないか。
ふー、と大きく息をついて、目を閉じた。スペース・ソードを握る手にぐっと力が籠る。
空気が、止まった。
次の瞬間、ウラヌスは剣を大きく上に振り上げた。上、下、右、左。繰り返し上下左右に剣を振り回す動きを数回繰り返す。
一瞬の出来事だったが、敵もファイターも、ネプチューンでさえも、ウラヌスが何をしているのかがわからずあっけに取られた。
「ウラヌス……?」
ネプチューンが不思議そうな顔で呟くと、すぐさま、ウラヌスの背後にいた小さな敵が、一斉に小刻みに揺れ始めるのが見えた。あの動きは一体……ネプチューンが頭の中でそう感じるかどうか、その一瞬の間に、今度はウラヌスがネプチューンに向かって動き始めた。
そこからの動きは、ネプチューンにはスローモーションのように見えていた。
ウラヌスがネプチューンの間近に迫り、ジャンプした。そのまま敵の腕を伝って上に登っていく。ネプチューンには見向きもしなかった。両手にはスペース・ソードを構えている。
ネプチューンがウラヌスの動きを目で追っていると、視界の端で小さな敵が次々に地面に落下していくのが見えた。それと同時に、今度はぐらりと揺れる感覚を味わう。
この揺れは一体。そう思っていると、突然自分を押さえつけていた圧迫感から解放された。急な出来事に、ネプチューンは成す術もなく、身体が落下していくのを感じた――。
「……っィープ、サブマージ!!」
ネプチューンは地面に落ちる寸前に、かろうじて自らの攻撃により、地面に向けて巨大な水球を作り上げた。水が地面に落ちる衝撃を和らげ、ネプチューンは地面に叩きつけられることを免れた。
全身びしょ濡れの状態で、ネプチューンはよろめきながら立ち上がって上空を見上げる。先ほどまで上空に浮いていた敵は、王宮付近の建物の上に横たわるようにして倒れており、ネプチューンは驚愕する。
――この短時間で、いったい何が……。
ネプチューンは思わず駆け出した。