先を行く大きな敵は、攻撃を避ける時に見せた素早さに比べると移動スピードはそれほど速くなかったので、すぐに追いつけそうだった。茶色いレンガを並べたような四角い建物が立ち並ぶ住宅の上を、ぴょんぴょんと跳ぶようにして移動していく。しかし、空中を浮遊していた小さな敵が、先に追った三人を阻むようにうようよと動き、突くような攻撃を仕掛けてきた。
「ああもう、邪魔ね!」
ファイターが腕を大きく振って、苛立ったような声を上げたその時。
「スペース・ソード・ブラスター」
「サブマリン・リフレクション」
後から来たウラヌスとネプチューンが、三人の周りに浮いている敵を追い払った。三人はそちらに顔を向ける。
「行け!」
ウラヌスが三人に声をかけた。ファイターが小さく頷き、ウラヌスたちに背を向けて敵を追いかけていった。
二体の大きな敵は、王宮の上で大きく円を描いて回るように浮遊していた。プリンセスを探しているのか、それとも降り立つ場所を探しているのか。
いずれにしても、プリンセスが危ない。ファイターはメイカーに目配せをした。
「メイカー、プリンセスをお願い」
メイカーは一瞬躊躇うように敵を見て、それからファイターに視線を戻した。二人で大丈夫か、そう言いたげな目だ。
「こっちには強い味方がいるから。大丈夫よ」
ファイターは親指をウラヌスとネプチューンがいる方向に向け、ウインクする。メイカーは頷いた。敵の死角となる王宮の裏に回るため、建物の下に降りる。
「行くわよ」
ファイターはヒーラーに声をかけた。ヒーラーが頷いてファイターに続く。
「やあああああああああ」
ファイターは叫び声を上げながら、敵が浮遊する円の中心へ飛び込んで行った。ファイターの狙い通り、敵の注意はそちらに向く。二体の敵は円形での浮遊をやめた。ファイターが王宮を避け、二体を誘導するためにそのまま直進し続けると、敵もそちらへ動いた。
ヒーラーもその後を追って敵の前に出た。ファイターの横に並んで声をかける。
「私はこっちを止めるわ」
ヒーラーが自分に近いほうの敵を示して言った。ファイターが頷いて、自分寄りにいる敵をちらりと見る。
近づくとその姿はより大きく感じた。黒々としていて、手足のようなものを持っているにもかかわらず、顔がどこなのかわからないから、得体の知れない雰囲気を漂わせていた。キンモク星で戦士となってからもう何百年も経っていて、何度も侵略者と戦ったことはあったけれど、こういう形状の敵は初めて見る。
ファイターは敵に向き直り、攻撃の構えを取った。ヒーラーもファイターの左側の離れた場所で、同様に敵に向かって技を放とうとしている。
「スター・シリアス・レイザー!」
「スター・センシティブ・インフェルノ!」
それぞれが放った技が、相手に向かっていく。先ほどウラヌスとファイターが攻撃した時よりも敵との距離が近いせいか、敵は避けきれずに真正面から二人の技を受けた。
敵が咆哮のような、大きな声をあげた。ファイターとヒーラーは至近距離でその叫び声を浴び、思わず両手で耳を塞ぐ。
「うっ……」
「うるさ……」
咆哮はしばらく続いた。それが止まったあと、敵はその場に止まったままゆっくりと身を起こす。それはまるで、地面に伏せていた人間が身体を起こすような動きだった。敵は船のように漂っていた状態から、空中に立って浮かぶ人間のような姿勢に変化した。
「……小賢しい」
ファイター側にいた敵が、ざらついた声でそう漏らした。ファイターははっとして耳に当てていた手を外した。
――こいつ、喋った……?
ファイターが訝しげに敵を見つめる。表情や視線の感じられない相手だが、今はその顔に当たる部分から視線が発せられていて、睨めつけられているような気分だった。
その気配に背中がぞくりと冷え、ファイターは一瞬怯んだが、慌てて声を上げる。
「この星から出ていきなさい、侵入者!」
「はっ」
今度はファイターの言葉に、鼻で笑うかのような声が返ってきた。
――やはり。こいつには意志がある……。
ファイターはもう一度構えた。
「意志があろうが無かろうが関係ないわ。プリンセスとこの星を守るだけよ」
そう呟き、もう一度至近距離からの攻撃を試みる。
「スター・シリアス――」
ファイターがもう一度攻撃をしようと口を開いた時だった。
敵が、腕を大きく振りかぶるようにして後ろに動かし、それから反動のままにファイターに向けて振り下ろしてきた。
激しい風と共に、猛スピードでファイターに腕が向かっていく。咄嗟のことに、ファイターは逃げる間もなく腕で顔を覆い、身を縮めることしかできなかった。
「ファイターーーーーー!!」
離れて見ていたヒーラーが叫びに似た声を上げた。風圧で巻き上がった砂埃で、あたりの視界が一瞬閉ざされた。ファイターに敵の攻撃が直撃したように見え、ヒーラーは息を呑んでそちらを見つめる。
やがて砂埃が去り見えてきた光景に、ヒーラーは愕然とする。
ファイターは、敵の手にすっぽりと包まれるようにして捕らえられていた。
「ファイター!」
「人の心配をする暇があるのか?」
自分の声に重ねるように響いてきた声にはっとして、ヒーラーは顔を向ける。自分の相手だった敵から、何やら声が発せられた。それはやや高く、まるで女性の声に何かの加工を加えて発したような耳障りな音だった。
かつて地球にいた時期にテレビの編集でそんな加工を行っているのを聞いたことがあった――この状況で呑気に地球のことを思い出している場合ではなかったが、ヒーラーの頭には瞬時にそんな記憶が蘇った。
「くっ……」
ファイターのことが気になったが、こちらの敵をどうにかしなければ助けに行けそうにはない。ヒーラーは再び攻撃の構えとなった。
「スター・センシティ――」
ヒーラーが言い終わらないうちに、敵はファイターに向けたのと同じく、腕を大きく振りかぶった。激しい風が巻き起こる。
――しまった。
ヒーラーが頭の中には、ファイターと同じ結果が思い浮かぶ。
このままでは捕まってしまう……ヒーラーは反射的に腕で顔を覆った。
「ディープ・サブマージ」
今にも敵の手のひらに包まれる、と思ったタイミングで、突如声が響いた。ヒーラーは覆っていた顔を上げる。遠くからネプチューンが放った巨大な水球が、敵の手を直撃し、止まった。敵は一旦静止し、水球が飛んてきた方向に身体を動かす。
ヒーラーはチャンスとばかりに、すかさず構えた。
「スター・センシティブ・インフェルノ!」
先ほどと同じく、至近距離で敵に攻撃を加えることができた。敵は先ほどと同じか、それ以上の大きな咆哮をあげる。ヒーラーは小さくガッツポーツをした。
「やった」
しかしその直後、予想外のことが起きた。ヒーラーの攻撃を受けた敵が、まるで痛みに耐えて暴れるかのように身体を振り始めたのだ。反動で長い腕がぶんぶんと振り回される。
「えっ」
急に暴れ始めた敵に戸惑っていると、振り回された腕が思い切りヒーラーに向かってきた。一瞬の出来事にヒーラーは避けることができず、腕に直撃してしまう。
「あああっ」
ヒーラーは王宮とは逆方向の、商店や住宅が並ぶ街中へ飛ばされていった。
「ヒーラーーーー!」
もう一体の敵に捕まっていたファイターが、堪らず大声を上げた。
「ヒーラー! ヒーラー!」
ファイターは敵の手のひらの中でもがきながら、叫んでいた。しかし、その声は遠く及ばない。敵はファイターを握る手を少し強めた。叫んでいたファイターの声は、若干苦しむような声に変わる。
「うっ……ああっ」
全身を覆う圧迫感に、思わず顔を歪めた。思わず目をぎゅっと閉じる。
このままでは、まずい――。ファイターが苦しみながらそう思っていると、遠くからまた、地球の戦士二人の声が響いてきた。
ファイターが無理矢理目を開けると、遠くでウラヌスとネプチューンが必殺技を繰り出し、敵に直撃させているところだった。ウラヌスの攻撃は敵の上方から、ネプチューンの攻撃は敵の下方から、それぞれ弧を描くように飛んでいき、ちょうど敵の体の中心部をえぐるように攻撃が食い込んでいく。見事なコンビネーションプレイにより、敵の胴体に大きな穴が開いた。
――なんだ、あいつ。息ぴったりじゃない。私との時は、散々だったけど。
敵が大きくよろめき、街の上に倒れ込んでいくのを確認しながら、ファイターは薄く笑った。
――そりゃ、そうよね。ネプチューンと一緒ですもの。
苦しさではあはあと荒い息をつきながら、ファイターは目を閉じた。