みちるは波打つ髪をそっと掬い、持ち上げた。はるかはその下に現れたドレスのチャックをするすると下ろす。白くなめらかなみちるの背中が露わになり、はるかは恭しくそこに自分の唇を押し当てた。
みちるははるかを連れて、パーティ会場の上層階にあるホテルの一室に戻っていた。一刻も早くパーティ会場からもこのホテルからも離れてしまいたかったが、パーティ前に着替えのために部屋を利用し、着てきた服もそこに置いてきていたから、戻らないわけにはいかなかった。
窮屈なパーティドレスの締め付けが外れ、みちるは身体が解放されたような感覚を覚える。みちるは、ステージで輝く機会を失ったドレスを脱ぎ去り、ハンガーにかけようとした。
――が、そのしなやかな腰を、はるかに掻き抱かれる。いつの間に脱いでいたのだろう、彼女もジャケットを脱ぎ、シャツ一枚でそこにいた。
「はるか。早く着替えてこんなところ出てしまいましょう」
珍しく声に焦りを滲ませるみちるを自らの元に抱き寄せると、はるかが耳許で囁く。
「いいじゃないか。せっかくいい部屋を取ってもらったんだし、少しくらい楽しんでいっても」
「もう……。探しに来られたら面倒よ」
みちるは少しそわそわとした様子で時計に視線を移した。みちるの余興の時間まであと三十分ほど。それより少し前に会場担当者がみちるを探すはずだから、その場にいないことにもすぐに気がつかれてしまうだろう。もしかしたらこの部屋まで様子を見に来るかもしれない。
「あんなつまらないパーティ……困らせておけばいい」
はるかは意地の悪さを含んだ声をみちるの耳許で発する。すでに熱さを孕んだその息に、みちるは思わず身体を震わせた。
みちるははるかがもうその気であることを感じて呆れる反面、自分の中にも少し、この状況を楽しんでしまおうという悪戯心が生まれていることにも気が付いた。はるかに見えないよう、ひとり苦笑する。
「本当。困った人ね……」
みちるが拒否しないことを汲んだはるかは、待っていたと言わんばかりに背後からみちるの首に吸い付く。
「ふっ……あっ……」
回されたはるかの腕が、まずはみちるの手から行き場を失ったドレスを奪い、そのままベッドに放り投げた。それからみちるの肌に残されていた薄手の下着を取り去る。ドレスを着るために設えられ、紐や金具もない最低限の範囲を覆うためのシンプルな下着は、役目を終えてひらひらと足元に舞い落ちた。
邪魔のなくなったふたつの頂点を、はるかは指で摘みくりくりと動かした。
「あっ……はぁ、うん……」
つい数十分前には、会場でつまらない話を聞きながら愛想笑いを浮かべていたというのに。今は愛する人の前でその身を露わにされ、淫らな声を上げている――そのギャップを思うと、みちるは嬉しさと恥ずかしさで身体がより一層反応し、芯まで溶けていくような感覚に陥る。
「ね、見て……」
はるかがそう言って、みちるを後ろから抱いたまま少しだけ横にずれる。はるかが示した先には大きな鏡があり、少しばかり離れてはいるが、みちるがはるかに後ろから抱かれ、乱れる姿がはっきりと写されていた。
「やだ、嫌よ。はる……んっ」
みちるが抵抗を示そうとしたところを、はるかの舌がまた、下から上に向かって上る。耳の裏を撫で、中にまで厭らしい水音を運んでくる。
「ああ……もう、だめ、……んっ」
みちるの足が震え、手は何かの支えを探して宙を掻くが、掴むものはない。仕方無しにはるかの腕に自らの手を添えるように縋り、どうにかその場に踏みとどまっていた。
はるかの手はその間もみちるの胸を愛撫し、早々に片手が下に伸ばされる。
その手つきに感じる衝動に、みちるはふと、先ほどまでの出来事を思い出した。
はるか、随分怒っているわね――。
卑屈な手段でみちるを貶めようとしたあの男性に対して。
そして、みちるに不快な想いをさせたままなかなか助けに行けなかった自分に対して――。
この状況を楽しんでいるようなはるかの表情からは感じ取れないが、その怒りや苛立ちは、みちるを煽り立てるような態度に表れていた。
はるかの指が最後に残されたショーツの隙間から中に滑り込み、核心に触れられたその時、みちるは胸元に置かれていたはるかのもう一方の手を取り、自らの手を絡めた。
「ね……はるか」
はるかの腕を滑り抜け、彼女と向かい合う姿勢になる。このまま自分のリードで進むと思っていたはるかは、戸惑ったような表情でみちるを見つめた。
「どうしたの、みちる」
みちるははるかの首に自らの腕を絡め、唇を重ねた。柔らかな感触が重なったあと、みちるはそっと囁く。
「助けてくれてありがとう、私の王子様」
みちるの顔が離れ、はるかは目をぱちぱちと瞬かせたあと、ああ、と力の抜けた返事をしてから苦笑する。
僕はやっぱり、みちるにすくわれている――。
みちるに導かれるようにベッドに沈み込みながら、はるかは自分の心に巣食っていた怒りや憤りが消え、代わりにみちるで満たされていることに気がついた。