みちるが再び目を開けると、昨夜と同じように、重い空気の漂う空間にいた。目の前には、転居してから数ヶ月経ち、見慣れてきたはずの自宅マンション。しかし今は、色を失った大きな塊のようで、まったく違うものに感じられた。
昨夜の時点では、自分がどこにいるかがわからなかった。しかし、先程はるかが日中見た夢のことを聞かせてくれたため、今は瞬時に自分がいる場所を理解することができた。
みちるはポケットに手を伸ばす。そこにはやはり、リップロッドが入っていた。
――はるかと同じ。
みちるは辺りを見回した。自分が置かれた状況がはるかの日中見た夢と同様なのであれば、次に出てくるのは――。
みちるは自分の後ろの方向を向いて、はっと息を呑んだ。そこにはまさしく、はるかが言っていた通りの大きな影が立ち上っている。
話に聞いていたとは言え、実際目にするとそれは想像以上に恐怖が大きいものだった。戦士として何度も戦ってきた経験があるみちるですら、足が竦む。これほど大きな敵と対峙したことは今までなかった。
みちるは思わず数歩、後ずさった。影はみるみるうちにみちるの頭上へ広がってくる。駆け出そうとしたが、身体が思ったように動かず、その場に立ち尽くしてしまう。あっという間に影はみちるを覆った。
――息苦しい……。
みちるは胸元に手を当てた。全身が圧迫感で覆われていて、思わずしゃがみ込みそうになってしまう。その時、視界にチラリと何かが見えることに気がついた。
「あっ」
思わず声を上げる。それは、紛れもなく濃紺のリボンとスカート。スラリと伸びた手足に淡い金髪。もう幾度となく目にしてきた、自分のパートナー。
苦しいながらも瞬時にそれを理解し、みちるはなんとか上体を起こしたまま踏みとどまった。
――ウラヌス?
そう声を掛け、手を伸ばした。ウラヌスと思われる戦士は、みちるから数メートル離れた場所で背を向けたままその場に立っている。みちるは慌ててそちらへ向かおうとしたが、足が重くて動かない。
そうこうしているうちに、ウラヌスは少しだけ身体を動かして、みちるの方を振り返った。一瞬だけ視線がぶつかる。しかし、ウラヌスは何も言わずにすぐ立ち去ろうとした。
――待って、ウラヌス。
なぜウラヌスがそこにいるのか。そしてなぜ、何も言わずに去ろうとするのか。その意味が理解できずに、みちるは咄嗟に大声で叫んだ。だが、その声は喉の奥につかえて口から出てこない。
――ウラヌス!
ウラヌスはみちるを置いて駆け出した。みちるは必死で、ウラヌスを追いかけた。進んでいるような、いないような。夢の中特有のもどかしさが辛く感じられた。息苦しさはずっと続いていて、走るとその苦しさに拍車がかかる。普通であればどこかのタイミングで目が覚めて、苦しさやもどかしさから解放される瞬間が訪れるはずなのに、一向にそのタイミングはやってこない。大きな影によって作られたドームの中にいるはずなのに、ドームの端に行き着くこともなかった。ただ、どれだけ行っても似たような風景が続くだけだった。
永遠とも思われるほど長い時間、みちるはウラヌスを追いかけて走り続けた。けれども、夢の中ではその時間感覚が正しいのかどうかよくわからない。
しかし、その瞬間は急に訪れた。
なんの前触れもなく、ウラヌスが立ち止まったのだ。そこは、周りに立っているビルの列が途切れ、不自然に空いた空間だった。近づいていくと、みちるははっとして思わずスピードを緩めそうになる。彼女にはそこがどこなのかよくわかっていた。
――無限学園の、跡地……。
そこは、つい数ヶ月前の戦いで無残に崩壊した無限学園があった場所だった。夢の中で雰囲気は異なるが、間違いない。瓦礫がそこらじゅうに落ちており、地面には大きなひび割れがある。ウラヌスはみちるに背を向けたまま、その跡地にポツリと立っていた。
みちるがその背中に近づいていくと、あと数メートルというところでウラヌスはみちるの方を振り返った。