はるかは無限学園に編入してから、私と同じマンションの別の部屋に暮らしていたので、ドライブの帰りにそのまま”お見送り”をされたことは、実はほとんどなかった。一緒に駐車場まで車に乗っていき、車を停めたら一緒にマンションに戻る。どちらかの部屋の前で別れる、あるいはどちらかの部屋に足を踏み入れて少し話してから帰る。細かいパターンの違いはあれど、大抵は車を降りたあとまでずっと一緒なのだ。
今回のはるかは、私の部屋まで来てくれた。
「紅茶でも淹れましょうか」
そう誘うと、ああ、とはるかは部屋に足を踏み入れた。どうせこのあとはお互い、それぞれの部屋で一人きりで過ごすのだ。急いで別れる必要もなかったから、最近はよほど何か予定がある時でなければ、どちらかの部屋でなんとなく過ごしてから別れることも多かった。
はるかに先にリビングで待つよう伝えてから荷物を片付けにいき、もう一度リビングに戻って来ると、はるかが薄暗い中佇んでいるのが見えた。まだ少しだけ夕陽が窓から差してはくるものの、電気も点けずに立っている彼女は、ぼんやりとしたシルエットにしか見えない。
「どうしたの、はるか」
私は訝しんではるかの背に近づいた。はるかはリビングにある大きな窓の方を向いている。夕方の東京の街並みは、温かみのあるオレンジ色に包まれていた。
「君に会えてよかった」
はるかはぼそりと呟いた。
「それはさっきも聞いたわ。私もそう思っているわよ」
いつもと違う雰囲気に気づいていないふりをしたくて、私は努めていつも通り答えた。
深い意味などない。共に使命を遂行するパートナーとして、はるかは私に出会えてよかったと思っているし、私ははるかに出会えてよかったと思っている。
――そうよね? はるか。そうだと言って。
はるかはこちらを向いた。薄暗い部屋に、一対の瞳と美しい鼻梁が浮かんで見えた。だけどその表情からは何も読み取れない。
「ねえ、みちる」
はるかは抑揚のない声で言った。
「キス……してみる?」
――あの日と同じ言葉。
薄暗くなってきた部屋で、まだ僅かに見える夕陽を視界の端に捉えながら、私ははるかをじっと見つめ返した。
その表情は、冗談とも本気ともとれなかった。ただ、はるかが心の内に何かを秘めていて、それを溢れさせようとしているような気はした。最近ははるかのそんな表情も読み取れるようになってきたとは思うけれど、その内なる感情まで詳細に理解出来るほどに、はるかのことを知っているわけではなかった。
「あら。 今度は手にしましょうか?」
少し冗談めかしてみようと思ったが、声が上ずっているのが自分でもよく分かった。慌ててはるかから目を背ける。
「私、紅茶を……」
わざとらしく言いかけた私の手を、はるかは掴んでいた。引っ張られて、その場から動けなくなる。
はるかの方を振り向かなければ、と思ったけれど、その前にはるかが口を開いた。
「嫌なの?みちるは」
放たれた言葉は、矢のように私を背後から突き刺した。まるで胸の真ん中を撃ち抜かれたかのように、心臓が大きな音を立ててドキリと鼓動する。
「僕と、キスするのは。……嫌?」
はるかの声は、静かで落ち着いていた。間違いなく本気で言っている。なぜ急にそんなことを言い出すのか、と少しだけ思ったけれど、多分これは、今まで私が曖昧に逃げ続けてきたことに、はるかが向き合おうとした結果なのだと思う。
決して急なことではなく、ずっと目の前に予兆はあったのだ。ただ、私が目を逸していただけで。
私は答えに迷い、俯いた。
――嫌か、嫌でないか。
答えはもちろん決まっている。嫌ではない、どころか、はるかとキスができるとしたら、私にとっては夢みたいに嬉しいことだと思う。
でも。
しても良いかどうか、で考えると、答えは”No”だ。
はるかと私は恋人同士ではないし、そうなってはいけない。なぜなら私たちは使命を遂行するために戦う戦士で、いざとなれば相手を見捨てなければならない。相手に対する特別な感情は不要なのだ。
本当は拒絶したくない相手を拒絶するのは、とてもエネルギーがいる。
「だめよ、はるか……」
嫌かどうか、と聞かれた質問にそのまま答えることは躊躇われて、精一杯口にしたのがこれだった。その先は言わないけれど、あなたならわかっているはず。
――私たちには使命があるのだから。
だけど、今日のはるかはいつもと少し様子が違った。多分、私が思っていた以上に、状況を打破する覚悟を持っていたのだと思う。
あっ、と思った時には、もうはるかに両手首を掴まれていた。振り払おうとしたが、その細い腕のどこに隠しているのだろうと思うほどに強い力で掴み上げられ、拘束を解くことはできなかった。
私はそのまま易々と壁に追い詰められた。はるかは手首をぐいと壁に押し付け、迫るように顔を近づけてくる。私は思わずぎゅっと目を瞑って俯いた。
「や、やめっ……はるか」
「なぜ僕を拒むんだ」
薄く目を開いてはるかを見たら、ひどく傷ついたような顔をしていた。その顔を見て、申し訳なさを感じる。はるかにこんな顔をして欲しくなどなかった。
だけど、私はここではるかを受け入れるわけにはいかない。私は唇を噛み、黙って首を振った。胸がドキドキと高鳴って、足が震えそうだった。いや、おそらくすでに震えているだろう。どんな敵と対峙するよりも、こんなに間近ではるかの瞳を覗く方が、よほど緊張するのだと、今更になって気がついた。
「そんなに、嫌なのか」
手首を掴むはるかの力が、少しだけ緩んだような気がした。
――落胆と、悲哀。
その二つを浮かべたはるかの瞳は、私も驚くほどに魅力的で、思わず吸い込まれてしまいそうだった。
なんと答えたらいいか迷って、私は視線を逸らした。
嫌だと言えば、はるかはきっと離してくれる。だから私は、はるかを思い切り拒絶すればいいのだ。そうすればもう、はるかは私にこんなことをしない。
「……嫌なわけ、ないじゃない」
なのに、口を突いて出たのは、拒絶の言葉ではなかった。自分でも驚いて、あっ、と思う。咄嗟に口を塞いで、顔を隠したいと思ったけれど、はるかに両手を掴まれていて叶わない。どうしようと思った直後に、はるかはもう私の目をまっすぐに見ていた。深い悲しみの色のまま。
――ああ、どうして。
そんな目で私を見ないで。私はあなたを拒絶しなければならない。だからもっと、私を嫌う顔をして欲しい。もっと嫌な人になって欲しい。
だって、あなたを求めてしまえば。
きっと私は使命なんて投げ捨てて、先を望んでしまう。
それは私の「弱さ」になる。
いざとなった時に、あなたを切り捨てて使命を遂行することができなくなる。
私は甘えてはいけない。
――だけどなぜあなたは、そんなにも悲しい目をして私を求めるの?
はるかの瞳がまた、決意の色を持って私に近づいてきた。今度こそ逃げられないと思って、顔を横に背ける。目を瞑っていると、曝け出された首筋に息がかかる。次の瞬間にはそこに、柔らかく乱暴な感情が押し付けられていた。
「……っ、あ」
全身に震えが走り、皮膚が粟立つのを感じた。何も感情を漏らさないようにと堪えていたのに、初めてそこに感じた感触は、自分でも驚くほど身体の底に熱を生むものだった。あれほど拒否しなければと思っていたのに、身体が喜びで震えるのがわかった。堪えきれずに漏れた息が、自分でも驚くほどに熱い。おまけにはるかが自分の身体を私の身体に思い切り押し付けてきて、この熱をどこに逃したら良いのかわからなかった。
晒されて無防備な首筋を、はるかの唇が啄むようにゆっくりと這う。擽ったい、ような気がする。だけどそれとはまた違う感覚が、薄い皮膚の下で疼くように走っている。それはピリピリと鋭い刺激となって、首から下に向かって駆けていく。もっと欲しくなるのに、逃れたい。どうすればいいかわからなくて身を捩ろうとすると、はるかがぐいと身体を圧迫してきて、壁とはるかに挟まれた私は動けなかった。
「なんでだよ」
耳たぶの柔らかい部分を食まれた後で、はるかが呟く。甘い息が触覚を、気だるく掠れた声は聴覚を刺激する。
「なんでそんな顔するんだ」
独り言のように呟きながら、はるかは私の耳の中に思い切り舌を押し込んでくる。
「はぁっ……!」
熱い息遣いも声も、塞ぐ手段がなく、あっけなく溢れてくる。柔らかく温もりを持った舌は、本来であれば優しく色気を感じさせ、私がずっと求めていたはずの存在なのに、今はひどく暴力的に私の耳の中を暴れ回っていた。
「ん、あ、はるか……いや、もう……やめて……」
ようやく口から出た拒絶の言葉は、掠れて甘さすらも孕んでいて、全く効果のあるものだと思えなかった。それでもはるかには届いたのか、はるかが私の耳から離れ、静止するのがわかったので、ようやく目を開けてみる。
薄暗い部屋で、私の視界にははるかしかいなかった。ずっとこちらを見つめている萌葱の瞳からは、悲しみ以外の感情を読み取れなかった。もしかしたら怒っているのではないか……そう思うほどに、乱暴に愛されていたのに。
気がついたら私の目からは涙が溢れていた。
はるかは私の左手を解放したと思うと、私の頬に手を添えて顔を正面に向かせた。私があらゆる感情を堪えるために噛んでいた唇にはるかの親指が当てられ、すっとなぞられる。力を込めて押さえていたものが、そこから溢れ出しそうになる。
「噛んだら、君の美しい唇が傷つくよ」
その動きと言葉はまるで、何か呪文を唱えて強張っていたそこを解放するかのようだった。はるかはその指とその声で、私を簡単に縛ることもできるし、解き放つこともできる。
私はずっとはるかの呪縛を受けているし、その呪縛を解けるのもはるかだけ。
「僕はみちるが欲しい」
導かれるように顎に手を添えられ、気づいたらはるかの唇が私の唇に触れていた。
いつの間にか私の中から、拒否という言葉が消えていた。溶かされるような熱が私に送り込まれる。甘くて、優しい味がした。繋がれる舌は温かく柔らかく、そこからじわりと癒されるような気がした。なのに、先ほど耳の中で暴れていた時と同じように、制御ができない乱暴さも併せ持っていた。優しさと凶暴さが共存したそれが、私の口内をじわじわと犯し、侵食する。そして私の口の中で、触れた部分をそばから溶かしていくような熱を発していた。
やっと空いた片手ではるかの身体を押し返そうとしたけれど、ぴたりと押し付けられた彼女の身体はぴくりとも動かなかった。私自身も、自分の身体に全く力が入らないことに気がついていた。ずるずると足から力が抜けて、座り込んでしまいそうだった。
それでも細い糸のようにかろうじて残る私の理性は、はるかに縋るのではなく、どうにかして自分の足で立つよう私のことを励ましていた。はるかに縋り、求めるような素振りを見せてしまってはいけないと、まだどうにか踏ん張っていた。
だけどはるかはまるで私の心の壁ごと壊そうとでもしているかのように、絶え間なく私の口の中を撫で続けた。繋がれた唇の隙間から何かが流れるのを感じて、一拍遅れてそれが混ざり合った二人の唾液であることに気がつく。温かく滑りのあるそれをきっかけに、私は自分自身の身体の中心がすでに熱くはるかを求め始めていることを思い出してしまった。はるかに気がつかれないように、足にぎゅっと力を込めてみる。もう今更遅いかもしれないけれど、拒否していながらはるかの求めに素直に反応していることを、彼女に気がつかれたくなかった。
でも、はるかはとっくに気がついていたのかもしれない。私の口内を溶かしながら、身体を持ち上げるように壁から引き離したと思うと、次の瞬間には私を床に転がしていた。それまでずっと本能のままとしか言えないような動きで乱暴にすら感じていたのに、思ったよりもその床が痛く感じられなかったのは、はるかの優しさのおかげかもしれない。あるいは、私の感覚がとっくに麻痺しているせいなのか。
固い床から、ヒヤリとした冷たさが伝わってきた。はるかは私の制服の上衣を捲り上げ、中に手を入れようとする。そこでようやく私はこの先のことを想起し、はるかの腕を掴んで叫んだ。
「だめ! やめて!」
はるかは私の制止を無視して、制服と、それからその下の下着まで一気に捲り上げた。これまで人に見せることのなかった、隠された二つの膨らみが露わになる。はるかは抵抗していた私の腕をまた掴んで、床に押さえつけた。そして迷いなく私の胸に顔を埋め、貪るように先端を吸った。
「ああっ」
突然走り抜けた刺激に、為すすべもなく私は声を上げた。腰を上げて身を捩ったが、はるかに覆い被さられるような姿勢になっていて、どこへも刺激を逃すことができなかった。涙が滲んで視界がぼやける。
「んん……はぁっ」
最初の鋭い刺激の後、はるかの動きは優しさに変わる。先端を避けるように周りを舌で丁寧になぞり、まるで周りからじわじわと溶かすように舐め取っていく。突如変化した動きに、今度はもどかしさすら感じてしまった自分に愕然とする。
――もう、止められない。
そう、悟った。
――求めてしまえばいいじゃない。
私の中で何かが囁いている。
はるかのことを求めていたのでしょう?
あなたがはるかにきっかけを作ったのでしょう?
あなたの方がはるかに振り向いて欲しかったのでしょう?
そう。これは私が求めていたこと。はるかに振り向いて欲しくて、そばにいて欲しくて、触れて欲しかった。
だから今行われていることは、望んでいたことで、嬉しくてしょうがないこと。
私の口から発せられる、甘く鼻にかかった声も、はるかを求めて、感じているから出ているもの。
――反応してはいけない、求めてはいけない。
そう思えば思うほど、はるかの舌がより一層艶かしく色っぽく、私の身体を這うように感じる。はるかの舌が通った皮膚の下を、むずかゆくしびれるような刺激が駆け抜けていく。局所的な刺激のはずなのに、それは容易く私の心臓に達し、高鳴らせ、身体の中心部を熱くする。
「あっ、ああ、はるか、んっ」
私はぽろぽろと涙を溢し、口から溢れ出る嬌声を止めることもできず、ただただはるかの愛撫を受け入れていた。抵抗などという言葉は、すっかり頭の中から追い出されていた。ただ流されるようにはるかを感じていた。本来であれば抗わなければならないはずで、その事実がとても悲しいのに、一方でははるかが私を精一杯愛そうとしてくれていることも感じていて、そのことを全身で喜んでいた。
きっと胸の飾りははるかの舌によって溶かされてしまった。そう思えるほどに熱く柔らかく吸われてから、ようやくはるかはそこを解放した。ずっと黙って私の胸元に顔を埋めていたはるかが、顔を上げてこちらを見る。私も遠くに逸らせてごまかしていた顔を、はるかに向ける。
本当ははるかと目を合わせるのは嫌だった。とても見られたくはなかった。涙に濡れ、快楽に溺れているであろう自分の顔が、口でだめだと言いながら、はるかを思い切り感じているであろう私が、とてつもなく恥ずかしかった。いっそこのまま私を軽蔑し、嫌って、もう手放してほしいとすら思った。だけどそれでもまだはるかを止めなければと思う気持ちと、はるかから目を逸したくないという気持ちがあったから、精一杯の力でそちらを向いたのだ。
そうして見上げたはるかは、やっぱりまだ悲しい顔をしていた。
「なんでだよ……」
その瞳があまりに痛ましくて、私は思わず目を見開いた。息を吐いた時に、自分の呼吸が思った以上に乱れて熱くなっていることに気がついて、頬が火照った。
「だめよ……私たちは」
誤魔化すように口走る。私はもう今日はずっと、だめ、とばかり言っている。これ以上拒絶の言葉など口にしたくないのに。
「こういう関係になっては、いけないのよ」
私が口を開くたびに、はるかが傷ついたような目で見る。
「じゃあなんで君の身体は、こんなに僕を求めているんだ」
「そんなこと……」
その先は言葉にならなくて、私はただ首を振ってぽろぽろと涙を流し続けた。傷ついた顔をするはるかから思い切り遠くに離れたい気持ちと、今すぐ抱きしめたい気持ちと、相反する気持ちが心の中で激しくぶつかっていた。
はるかはずっと押さえつけていた私の手をようやく離した。そして、素早く私のスカートの下に手を入れる。
「……っ」
もうはるかを拒否し、跳ね除ける気力がなかった。それに、もうごまかしても無駄なくらい、そこが熱いのは自分でもわかっていたから。はるかがじとりと湿り気を帯びたそこに指を滑らせるのを、黙って受け入れるしかなかった。
手を押さえられていた時の姿勢のまま、私は力なくはるかを見つめる。はるかは俯いていて、そこから感情を読み取ることができなかった。
――受け入れても、いいのだろうか。
今、ここで受け入れたはるかを、私は見捨てなければならないかもしれない。
それは一週間後かもしれないし、明日かもしれない。
ううん、今日これからもう一度、海が騒ぎ出すことだってあり得る。
私が愛したはるかを見捨てる。
私にそれができるのだろうか。
――この決断が、世界を滅ぼすかもしれない。
「……私だって。本当ははるかに、触れたい」
掠れて震えた、小さな声が、ぽろりと落ちてしまった。私の心の中で戦っていた本音が、建前を打ち負かしてしまった瞬間。
はるかがこちらを見た。そのまま眉が下がるのを見た。瞳が潤むのも見えた。
――君も僕と同じ気持ちなのだろう。ならばなぜ僕を受け入れてくれない――はるかはそう言いたいようにも見える。きっとはるかには私の思っていることの半分くらいは、伝わっているのだ。戦士としての葛藤は、はるかも抱えているはずだから。
だけど残りの半分はきっと――。
私は首を振った。
「だけど、そうしてしまったら私はもう」
そう呟くと、はるかは遮るように首を振った。
「どうせ死ぬなら僕は、君を求めたい」
そう言ったはるかを、私は穴が空くほどに見つめ返した。
――ああ、はるか。
はるかには、私と同じものが見えていない。きっとあなたは、私と同じ気持ちになった気分でいるでしょうけど。
はるか。あなたが私を愛して、その後に私を見捨てなければならなくなったら。
あなたはその決断をしてくれる?
――あなたは私を愛した後に、私を捨てて世界を守ってくれる?
はるかは私の顔から目を逸らして、私の脚の方へ動いた。それから脚の間に割って入り、膝を立てる。スカートを捲りあげて、下着の隙間から中に指を滑らせた。自分で触れなくてもわかるほどに熱く濡れた、私の中心部分。
「君だって、僕を求めているじゃないか」
呟くように、囁くように、はるかの口から息が漏れた。
私は目を瞑った。閉じてもなお、ひっきりなしに涙が零れ続けていた。
結ばれてはいけないのに求める。求めているのに結ばれてはいけない。
なぜそんなにも、現実は残酷なのだろう。
はるかは逡巡してから、私の下着に手をかけ降ろしていった。一応脚を閉じてささやかな抵抗をしてみたけれど、全く効いていないことはわかっていた。それからはるかは、顕わにされた私の中心に自らの顔を埋めようする。私はもうそこに触れられたときからすでに、はるかを拒否する感情はなかったけれど、ただ羞恥心だけは勝り、反射的に脚を閉じてはるかの頭を押しのけようとした。しかしはるかは構わずにそこに入り込んでくる。柔らかい舌先が、器用に入り口のラインを滑った。
「ああっ、いやぁ!」
驚きと羞恥、そして急な刺激に、私は思わず大声を上げてしまった。浮きそうになる脚をはるかがしっかりと押さえていた。掴むもののない両手が、固い床の上を滑る。指先に力を込めて、身体の中を暴れ回る何かから必死で逃げようとした。
「だめ、いや、やめてっ……あぁ」
はるかの舌は丁寧に、だけど性急に私の中を暴こうとする。私が見たことのある、おそらくはるかの中で一番魅惑的で柔らかく、一番優しい部位であろうその舌が、的確に入り口付近を撫でていた。それは快というよりはどちらかといえば擽ったさのほうが勝るような感覚。それなのに、はるかの舌がそこを通るたびに背筋がぞくりと粟立ち、身体の奥底のほう、胸に秘めた自分の思いまで、ぎゅっとわしづかみにされるような刺激になる。
「ひぁ、ああっ、いや……」
先程までとはまた異なる、悲鳴にも近い自分の声。自分からこんな声が出るなんて知らなかった。はるかは易々と私の知らない部分を暴いていく。
何かにすがりたくて、私は思わずはるかの頭に手を添えた。霞みそうになる意識の中でも、はるかの頭を間違えて握りしめてしまわないように、という思いだけは保つ。触れたくて焦がれていた蜂蜜色の髪の間に指を差し込み、乱すように掻き回した。はるかの舌の動きに合わせて、私の頭の中で何かが弾けるように踊った。
「あっああっ、や、はる、あああっ――」
はるかが私の中心に隠れた芽を探し出し、それを唇で摘むようにして吸った時、私の頭は真っ白に飛んだ。足先までピンと力が込められ、身体の内側がぎゅっと縮みこむ。
初めてで、そして少し乱暴なのに、どうしようもなくそれが気持ちよかった。頭の中が空っぽになってしまいそうだった。自分がひどく乱れていて、あられもない姿で、恥ずかしくて仕方がないのに、止めようがなかった。
それは、ずっと求めていたはるかだから。
ずっと被ってきた、優雅なお嬢様で、地球を守る使命を持った戦士という”仮面”を、いともたやすく暴き、剥ぎ取ってしまう。それがはるかなのだ。
私はずっと、その仮面が剥がれないようにと。しっかり心を保ってきた。
崩れかけたのは、ただ一度。はるかが覚醒したあの日だけ。
あの日、心を乱してしまった私は、以来、心にしっかりと鍵をかけて、乱れないように保ってきた。
なのに。
一瞬あの日のことが瞼の裏に蘇ったあと、目を開けると、暗い天井が見えた。自分のつく荒い息の隙間に、はるかの息遣いが聞こえた。
重なる息遣い、跳ねる鼓動。私たちはまだ生きている。今は、まだ。だから互いの温もりを求め合う。それは自然なこと。
そのあと引き裂かれてしまう運命を持っているということ以外は。
はるかの手が優しく私に添えられた。温かく、包み込むような手。それに、こちらを覗く優しい目。私もその頬に両手を添えて包み込む。
「はるか、好きよ」
仮面の剥がれた私は、素直にそう呟いた。はるかは嬉しそうに、だけどどこか切なく悲しい色を浮かべて微笑み、頷く。そして私に唇を重ねた。
はるか、好きよ。
私ははるかを、心の底から求めるわ。
でも、たぶん。私ははるかより先に死んでしまう――。
確信はなかった。今はただの予感だ。でもあともう何日かすれば、確信できるくらいのビジョンとして、夢に見るかもしれない。
ねえ。はるか。
私がいなくなるとわかっていて、あなたが一人残されるとわかっていて、それでもあなたは、私を求めるの?
引き裂かれるとわかっていて、あなたは私のことを抱ける?
私を置いて、世界を救える?
はるかの長く美しい指が、私の中に侵入してきた。私が決して人に見せることもせず、守ってきた場所を、初めてはるかに明かそうとしている。戦士としての宿命を背負っているとわかった日から、私が誰かを受け入れることはないと思っていた。まさか、私が望んだ相手を、迎え入れることができるとは――。
「……んっ、あ」
息が詰まり、涙が零れた。苦しくて、嬉しくて、自分の中から何か強い感情が溢れてしまいそうだった。先程まで散々私にぶつけられたはるかの猛々しい感情が、急に優しく包み込むようなものに変わるのを感じていた。
どうしたらいいかわからなくて、私はついにはるかの首に腕を回し、縋った。はるかは私に身体を密着させながら、私の中を探るように触れていた。私ははるかの顔を見ながら、それが時折滲むのを見つめながら、はるかの指を感じていた。
「はっ……はるか……あっ、んっ」
「みちる」
私が喘ぐ息の隙間から名前を呼ぶと、はるかは答えてくれる。唇を寄せて、優しいキスをしてくれる。
「好きだ」
余裕のない息遣いをしながら、はるかは呟いた。私の身体も、心も、精一杯愛して、求めてくれるのが伝わる。
はるかは初めて入る私の中を、丁寧にゆっくりとほぐした。最初は違和感が圧倒的に大きくて、はるかに縋って目を瞑り、意識をそこに集中することしかできなかった。はるかはここまでずっと、まるで私に思いをぶつけるような動きだったのに、今はとても優しかった。
それは多分、私が秘めた思いを口にしたから。はるかと想いがつながったから。
はるかは中に挿し込む指を前後させながら、親指で芽に触れ、強弱をつけるように撫でた。
「んんっ……はぁっ!」
まるで胸をきゅっと掴まれたかのような、衝撃にも似た刺激が私の身体を駆け抜ける。身体に力が入り、腰が持ち上がりそうになるのを、はるかがやんわりと抑え、私に口づけをした。
「大丈夫、力を抜いて……」
そこからは、まるでジェットコースターが落ちていく時のように、急展開に感じた。はるかは少し動きを速め、中をぐいぐいと押す。私は一気に濁流に飲まれるかのように、頭の中が渦巻き、意識が霞む。声を上げながら、はるかにしがみついた。
「ああっ、はあ、んっ、だめ、もう、あっ、あっ、あああっ――」
最後、私の目の前に、光が降りてくるような気がした。はるかの首に縋り、全身で抱きしめ、私は空中に脚を投げ出して息を詰まらせた。ふわふわと宙を漂うような感覚で、頭の中の迷いは全て消え、目の前のはるかの熱さだけしか感じられなかった。
――私が死ぬ瞬間も、こんなに温かくて明るければいいわ――。
もうすぐ訪れるかもしれない運命の日を思いながら、私は意識を手放した。