「へへっ。うーさーぎー!」
砂場でしゃがみこんでいたうさぎの元に、葉っぱの山を抱えた年中の男児がやってきて、うさぎの頭にバラバラと振りかけて去っていった。
うさぎは葉っぱにまみれながら立ち上がる。周りでうさぎと一緒に砂の山を作っていた子どもたちが笑い声をあげた。
「こーらー!うさぎ“先生”でしょー!」
いつもと同じ、保育園の光景。ここ数週間で変わったのは、世の中の変化に合わせ、預けられる子どもたちの数が少し減ったことである。親の仕事が縮小、あるいは休業に追い込まれるなどして退園した子どもが何名かいた。逆に災害等の影響で仕事が忙しくなり、お迎えの時間が延びてしまった子どももいる。
子どもたちは変化に敏感だ。
「ねーねー、なんで今日おともだち少ないのー?」
「ママ、なんでなかなかお迎え来ないの……?」
不安を訴える子どももいれば、不機嫌を顕わにすることで訴える子どももいる。
うさぎはなるべく普段通りに子どもたちと接していたが、自身も先に不安を感じながら過ごす日々だった。
「はぁ……。まったく……」
頭や身体についた葉っぱを払っていたところである。
「きゃあぁぁぁ!」
女児の悲鳴が聞こえた。うさぎは慌ててそちらを振り返る。そして目に飛び込んできた光景を見て驚いた。
そこには人間ではない、「何か」がいた。カラフルな棒やブロックが組み合わさった、―まるで園庭にあった遊具が変形したような―ロボットのような姿だ。一見するとその色形から、遊園地にいるキャラクターかアトラクションのような楽しげな姿にも見えるが、顔と思しき場所には鋭い目と口が備えられ、子ども達を怖がらせるには十分なほどの恐ろしい表情をしていた。
――あれは……まさか……!!
そんなはずはない……とうさぎは心の中で叫んだ。かつて自分が戦ってきた、あのおぞましい敵がなぜここに。
信じがたい光景に、思わず手で顔を覆う。
頭の中では、今見ている光景を信じたくないという気持ちと、なんとかしなくちゃ、という気持ちがせめぎ合っていた。
敵の足元で、逃げ惑う子どももいれば、腰を抜かして動けなくなっている子どももいる。それを見たうさぎは、反射的に建物の影に滑り込んでコンパクトを手にとっていた。
――もう二度と、戦うことはないと思っていたのに。
手にしたコンパクトをぐっと握りしめ、一瞬間を置いたが、しかし迷うことなく変身した。
「待ちなさいっ!」
気づけばうさぎは、戦士の姿で敵の前に立ちはだかっていた。
子どもたちに向かって行こうとしていた敵は、セーラームーンの方を見た。子どもたちも、泣きながらそちらを見る。
「今やっつけるから……待っていてね」
セーラームーンは優しげな顔で子どもたちに声をかけた。
……のも束の間。
敵がいきなりセーラームーンに向かってカラフルなボールを投げつけてきた。セーラームーンは反射的に身を逸らし、間一髪のところで避ける。
「い、いやぁ〜!!」
敵は構わずに次々とボールを投げつけてきた。セーラームーンはボールを避けることに精一杯で、敵に攻撃を仕掛ける余裕はない。
逃げ惑う中、他の先生たちが子どもたちを園舎の中に引き入れて行くのがセーラームーンの視界に入った。ひとまず安心するが、自分は逃げるばかりで状況は全く良くなっていない。
「ひぇ〜! どうしたらいいの〜!」
敵は思った以上に素早く、そして数多くのボールを投げてくるので、なかなか注視することができなかった。
セーラームーンが園庭の木や遊具の後ろに隠れ、敵の攻撃を避けながら逃げていると、園舎に逃げようとしていた男児が、転がったボールを踏みつけて転んだところが目に入った。
よりによってその弾みで傍に落ちていたボールがいくつか弾け飛び、敵の足元にも転がっていってしまう。
敵はその動きに気づき、男児の方を見た。新たな目標を発見した、とばかりにそちらに身体を向ける。
「あ、あぶないっ……!」
セーラームーンは慌てて方向転換し、敵の方へ向かう……しかし敵はすでに男児に手を伸ばしかけていた。
「やめて!」
……その時。
突如、空を切って敵の目の前を何かが横切り、敵の動きが止まった。
「はっ……あれは……」
セーラームーンも思わず足を止める。敵の足元に、見覚えのある一輪の薔薇が突き刺さっていた。
まさか、と頭上を見上げると、園舎の屋上にタキシード仮面が立っていた。マントを靡かせ、敵を見下ろしている。
「タキシード仮面!」
「この姿になるのは久しぶりだな……。今だ。セーラームーン」
タキシード仮面に言われ、セーラームーンは大きく頷いた。そしてロッドを掲げる。
温かな光と共に敵が浄化され、敵は園庭から姿を消した。園舎の中にいた先生や児童からは歓声と拍手が上がる。
タキシード仮面とセーラームーンは敵がいた場所に立ち、顔を見合わせた。
「この敵は一体なんだったんだ……」
「まもちゃん……」
セーラームーンは不安げな顔でタキシード仮面を見上げる。タキシード仮面はセーラームーンの肩を抱いた。
「……大丈夫だ」
セーラームーンを励ますためにそう言ったが、言葉とは裏腹に、足元から迫り来るような不安感は拭えずにいた。
――何かよからぬことが起きようとしている……。
堪らずに空を見上げる。これからの不安を暗示するような暗雲が、相変わらず頭上を多い続けていた。