十二月も残り十日前後となったある日。
はるかとみちるは、スーパーに買い出しに出かけて帰ってくるところだった。すっかり品薄となったスーパーで、その日手に入れることのできる最低限必要な量の食材や生活用品を買って帰る。そんな日々がすでに何週間か続いていた。
「今日は少しだけ野菜が買えたね」
はるかが後部座席に荷物を積み込み、運転席に座った。みちるも助手席に座り、シートベルトを締める。
「そうね。これで何日かはもつかしら」
「せつなもそろそろ帰ってきて、一緒に食べれるといいんだけどな……」
二人が他愛もない話をしている時だった。
ゴォォォォ、と強い轟音が駐車場に響き渡る。
「何かしら?!」
二人は慌てて車から飛び出した。手には反射的にリップロッドを握り締め―全ての戦いが終わった後も、欠かさずに持ち歩いていたものだ―、臨戦態勢となる。
音の響き渡る方角から砂埃が流れてきて、視界が白く染まる。買い物客は少なかったが、何名かが逆方向に走って逃げていく様子が感じられた。
口元を押さえて様子を窺っていると、ようやく視界が晴れてくる。
「……あれはっ……」
はるかは、砂埃の先にいた存在に気付き、愕然とした。
それはかつて、自分たちが戦ってきた敵にそっくりな姿の生き物だった。高さは二メートルを優に超え、赤黒い身体から何本かの足が生えている。先ほどの轟音は、駐車場にあったブロック塀を壊したために発生した音だったようだ。
「はるか!」
みちるはリップロッドを手に、はるかを見る。はるかも同じようにリップロッドを握った手を構えていた。二人は頷き、ロッドを掲げ変身する。
光と共に、二人は久しぶりにセーラーウラヌス、ネプチューンの姿となった。もうずいぶん長いこと戦士の姿に変身していなかったが、二人は違和感なくその衣装を身に纏う。
「できればこの姿には二度となりたくなかったな」
ウラヌスが吐き捨てるように呟く。
「あら。私ははるかのその姿も好きよ。あとで久しぶりにゆっくり見せてくださる?」
ネプチューンはちらりとウラヌスに目線を投げてから敵に戻す。余裕たっぷりの口ぶりではあるが、久しぶりに対峙する敵にやや緊張した面持ちだ。
「ふっ……相変わらずだな、君は。さっさと片付けよう」
ウラヌスはさっと右腕を掲げ、攻撃の構えを取った。
しかしネプチューンが腕を突き出して制止した。
「待って。敵の正体がわからないのよ。もしかしたら人間が変化したものかもしれない……」
「くっ……どうするんだ。このままだと街中壊されるぞ」
ウラヌスは一度上げた手を下げた。
確かに今目の前で動く敵は、かつて自分たちがタリスマンを探していたときに人間に取り憑いて変化したものによく似ている。しかし今、その姿を見るだけでは、元の姿が人間だったのかどうか見分けがつかない。
二人が迷っている間に、敵が急にスピードを上げて二人に近づいてきた。
「危ない……!」
二人は咄嗟に構え、攻撃を放とうとした……その時。
「デッド……スクリーム」
低い声が響き、強い力が横から迫ってきた。二人は即座に攻撃の態勢を解き、さっと横へ逃げる。
間一髪、二人がいたその場所で敵は破滅喘鳴によって粉々に破壊された。
「プルート!」
二人は攻撃を行った人物の方へ、ほぼ同時に叫んだ。セーラープルートが、ガーネット・オーブを手に歩いて来る。
「良からぬ気配を察知したので抜け出してきました」
プルートは粉々に砕かれた足元の敵を見て、そう言った。
「プルート。これは……」
ネプチューンが心配そうな顔で足元を見ているので、プルートは首を振った。
「安心してください。おそらくこれは人間が変化したものではありません。どうやら地球に残っているかつての敵たちのエナジーが、暴走しているようです」
プルートの一言に、ウラヌスとネプチューンは顔色を変えた。
「……なんだって?」
「私たちやセーラームーン達がかつて戦ってきた敵たちは、セーラームーンが浄化を行ったり、エネルギーの源を倒すことで消滅させてきました。
……ただ、完全には消滅せず、休眠状態になったエナジーが地球に残っていたようです。それがこのタイミングで呼び覚まされてしまった」
プルートはオーブを握る手にぐっと力を込めた。やりきれない表情で話åす。
「先ほどの敵は、そのエナジーが具現化したもののようですが、人に取り憑いた気配は感じませんでした。ですから、破壊しても問題ないと判断したのです」
プルートの答えに、ウラヌスとネプチューンは黙って足元の破片を見つめる。粉々になったそれらの破片は、煙のような筋を発しながら消えてなくなっていこうとしていた。
「このエナジーの暴走は、やはり太陽系の惑星の変化と関係があるのかしら」
ネプチューンの問いに、YESともNOとも言えない表情でプルートは答える。
「おそらくは……。ただ、はっきりとはわかっていません。惑星の変化の件もまだ原因が特定できていませんから」
「そうだな……」
プルートが項垂れ、ウラヌスとネプチューンも静かに頷いた。先ほどの敵の痕跡は、もうすっかり消えてなくなっていた。
「地球に残っている悪いエナジーはまだあるはずです。今後、同じように暴れ出すかもしれない。警戒してください」
プルートはそれだけ言い残し、足早に去っていこうとした。
「待って」
去ろうとするプルートを、ネプチューンが引き留める。
「せつな。大変だとは思うけど……帰ってくるのを待っているわ」
プルートは振り返り、優しく微笑む。
「ありがとうございます。……早く、帰りたいですね」
プルートはそう言い残し、その場を後にした。