せつなとほたるを訪ねた翌日の夜、はるかとみちるは火川神社の境内前に来ていた。参拝客の誰もいなくなった夜の境内からは、東京の街の灯りが見えている。
いつもと変わらないように見える夜。例年と少し違うのは、この時間になってもコートがいらないくらい暖かいということ。
「早いですね。はるかさん、みちるさん」
巫女姿の女性が出てきた。セーラー戦士の一人、火野レイ。レイは大学卒業後に一年ほど一般企業で仕事をしていたのだが、その後祖父の跡を継いで宮司を務めることになったのだった。
「お久しぶりです」
「久しぶりね、レイ。なんだか綺麗になったんじゃない?」
「本当だね。すっかり美人さんになった」
「もー、やだぁ!お二人ともうまいんですからっ!」
レイは両頬に手を当て、照れる素振りを見せた。このあと真面目な話をしなければならないのだが、顔を合わせればすぐにあの頃に戻る。はるかとみちるは、レイの顔を見てどこかほっとしてしまうのを感じていた。
「あ、もう来てる」
階段の方から声がした。ショートカットの女性と、背の高いポニーテールの女性がこちらに向かって登ってきた。
「亜美ちゃん、まこちゃん!」
水野亜美と木野まこと。それぞれ仕事のあとその足で火川神社に立ち寄ったらしい。亜美は医大を卒業して研修医、まことは製菓専門学校を卒業してパティシエ見習いをしていた。すでに集まっていた三人を見てパッと顔が明るくなる。
「亜美ちゃん、大丈夫だった?研修医って忙しいんでしょう」
レイがそう声をかける。亜美は首を振った。丸い眼鏡の奥の瞳は、数年前よりさらに知的で深い色になっていた。
「大丈夫よ。今日は日勤だったからちょうど良かったわ」
亜美はそう言って鞄を置く。中には重そうな専門書が入っていた。
まことは自分の鞄の中から個包装のお菓子を取り出して、それぞれに配った。
「はい、これうちのお店で出しているお菓子。よかったらどうぞ」
「まあ、ありがとうまこと。まことのお店、結構有名じゃなくて? よく差し入れでいただくわ」
みちるはお菓子を手に取り、眺めながら言った。
「そうなんです。ケーキも美味しいので、今度食べに来てくださいね」
「すごいわまこちゃん。いつか自分のお店出したいって言ってたわよね」
お菓子を受け取った亜美もまことに言った。
「うん。私、お花も好きだからさ。お花もお菓子も両方楽しめるようなお店、作れたらいいなあーなんて」
まだ先の話だけどね、と付け加えて、照れ笑いをするまこと。
みちるは、将来の明るい話をするまことと、それを笑顔で聞いている亜美の表情を見て、胸が痛んだ。
――この子達が思い描く明るい未来が危機に晒されている……。
みちるが思わずはるかを見上げると、はるかも同じように感じていたようで、目線で応えた。
「あーっ、みんないたいた! おまたせ〜!」
まことが持ってきたお菓子の話で盛り上がっていると、二人の男女と猫がやってきた。彼らこそ皆のプリンスとプリンセス、月野うさぎと地場衛だ。そして、うさぎの世話役である猫のルナ。
うさぎは短大を卒業して保育士になり、衛は宇宙船や人工衛星に関連する製品を開発する会社に勤めていた。
当初うさぎは高校卒業後すぐに衛と結婚するつもりだったので、短大進学も就職もしない予定だった。しかし衛の大学院進学や就職があってすぐに結婚できる状況ではなかったことと、皆に「将来クイーンになるんだから、勉強くらいしないと」と諭され、進学する道を選んだ。
今はなんだかんだ言いながら仕事を楽しんでいるし、今年の四月からはようやく衛と結婚準備と同棲生活を始めることができたので、一足早く新婚気分を味わっているところだった。
「うさぎちゃ~ん!」
うさぎと衛が階段を登りきったところで、後ろからうさぎを呼ぶ声がした。
「美奈子ちゃん!」
うさぎは後ろから追ってきた愛野美奈子の姿を見つけ、手を振った。美奈子は階段の下に止まっている黒塗りの高級車に「今日はここでいいわ」と声をかけ、階段を登ってくる。
美奈子は高校在学中に念願だった芸能界デビューを果たした。世間の伝説となったセーラー戦士を模したアイドルグループが結成されることになり、オーディションを勝ち抜いた美奈子がリーダーとなりデビューしたのだ。ステージに立つその姿は「本物のセーラーVのようだ」と評され、――もちろん本人なのだから当然のことなのだが――、スリーライツが解散し静かになったお茶の間で、瞬く間に人気となった。
「今日は仕事だったの?」
追いついてきた美奈子にうさぎが声をかけた。
「そうそう、収録だったのよ~!」
外出時に人目を避けるために持ち歩いているサングラスを頭の上に上げ、長い金髪をなびかせながらうさぎの横に並ぶ。テレビで見ると美奈子が遠い存在に感じてしまうが、こうやって横に並ぶと、毎朝遅刻寸前で一緒に学校に駆け込んだあの頃と変わりない。
「うさぎちゃんは? 遅刻しないで仕事行ってる?」
「……うっ。大丈夫! まもちゃんに起こしてもらってるんだからー!」
美奈子の肩に乗っていたアルテミスが、やれやれ大変だな、という憐れみの目で衛を見た。ルナもため息をつく。
「全員揃ったな」
うさぎと美奈子の到着を見て、はるかが全員に声をかけた。境内前に、全員がぐるりと並ぶ。
「突然呼びつけてすまない。実は、せつなの研究で大変なことがわかったんだ」