「はるかパパ、みちるママ、久しぶり!」
呼び鈴を押すと、ほたるが出迎えてくれた。高校生になったほたるは、随分背が伸びて大人びた顔つきに成長していた。
「まあほたる。ひさしぶりね」
「こんなに大きくなって、もう立派な大人だな」
はるかとみちるの来訪に、ほたるは嬉しそうに、そして半分恥ずかしそうな顔になり肩を竦める。
「せつなママも待っているわ」
中に入るよう促され、二人は久々の玄関に足を踏み入れた。
「お久しぶりです」
せつなはすでに四人分のお茶を用意して待っていた。元々大人びた女性だったので二年経過したところで大きな変化はないように見えるが、目元や表情に深みが増し、より魅力的な女性に変化したように思われた。
「呼びつけてしまって申し訳ありませんでした。さあ、座ってください」
「おいおい、堅苦しいよ、せつな。かつての我が家なのにさ」
せつなの顔は穏やかで歓迎しているように見えるが、どこか心ここにあらずといった表情で、堅さが含まれていた。はるかとみちるは瞬時に、せつなが良い話をするために自分達を呼んだのではないと悟る。はるかは場を和ませるために努めて明るく発言したが、せつなの表情は暗いままだった。
「……なにか急いで話したいことがあるようね?」
みちるは座るのもそこそこに、せつなに問う。包み込むような優しい声のおかげか、せつなは少し表情を和らげ、こくりと頷いた。
「すみません。どこから話したらよいか」
まずは座りましょう、と自分も椅子に手をかける。三人の様子を窺っていたほたるも傍に呼び、四人はダイニングテーブルを囲んだ。
「……変革のときが迫っています」
重い口を開いたせつなは、まず一言、そう言った。
その台詞は、もう随分前になるが、ほたるがセーラーサターンとして再覚醒したときにも聞いたものである。一瞬にしてせつな以外の三人の顔に緊張が走った。
「……新たな敵が現れたのか?!」
はるかが思わず身を乗り出し、語気を強めた。せつなは首を横に振る。
「いいえ。敵ではありません。これまでとは事情が違う……でも、この太陽系に、確実に危機が迫っています」
せつなはそこで一旦言葉を切り、立ち上がった。そして、リビングの棚の上に置かれていた紙束を持って戻ってくる。
「これは、私が今研究している内容です」
三人が紙束を覗き込む。瞬時に理解できるような簡単な内容ではないが、地球、天体、科学理論……等の言葉が断片的に見て取れる。
「私は今、地球宇宙科学の分野で権威のある教授のもと、研究を行っています。太陽系の各惑星同士の起源や、現在の関係性、距離、互いが及ぼす影響。それから地球内部の変化の研究が主となります。
最近それらの研究で、重大な事実が発覚しました」
せつなは淡々と話しながら紙束を捲り、とあるページで手を止めた。
「現在、太陽系の惑星はバランスを崩しつつあります。これまでは互いが絶妙なバランスを取って回転していたのですが、それが近づいたり遠ざかったり、変化が起きてしまっている。
……ほら、最近十一月にしては異常に暑いでしょう。あれも、この太陽系の惑星のバランスの変化が原因のようなのです」
はるか、みちる、ほたるは黙ってせつなの話を聞いていた。せつなの次の発言を静かに待つ。
「そして……このまま地球がバランスを崩し続ければ、近いうちに地球は他の惑星の力に負け、壊れてしまいます」
「……こわ……れる?」
どう反応したら良いかわからず、はるかはただ一言呟いた。みちるははっとした表情のまま黙っていた。
「実際にどういった形で地球が壊れるかは、まだ研究途中です。他の惑星にぶつかってしまうのか、地球内部からエネルギーが生まれ爆発が起こるのか、あるいは……」
せつなが一度そこで言葉を切った。詳しく説明をするには不確定な要素が多く、どう伝えたら良いのか悩んでいるようにも見える。
やや俯いた角度のまま目を泳がせ、そしてもう一度口を開いた。
「……ただ、私達の研究では、バランスが大きく崩れるタイミングがほぼ正確に計算できています。そのタイミングで地球は間違いなく壊れてしまう。
これはあまりに影響が大きい話なので、極々一部の関係者にしか知らされていない事ですが」
「いつ……?」
一同が固唾を飲み、せつなの表情を窺った。その顔は悲しみのような苦痛のような、表現しがたい表情に変化していた。
「……二〇XX年十二月末。あと一ヶ月と少しです」
リビングが静かになった。はるか、みちる、ほたるのそれぞれが驚いた表情でせつなを見つめたまま固まっていた。なんと声をかけたらよいかわからず、互いの視線が空中でぶつかる。
「悪い冗談はよせよ……と言いたいところだが、せつながそんな冗談を言うとは思えないな。僕らをここに呼んだということは、その変革をどうにかしようってことだろ?」
はるかが口を開いた。せつなは視線を伏せたまま、静かに首を振る。
「すみません。具体的にどうにかする方法を思いついているというわけではありません。以前まで私達が戦ってきた相手は、全て太陽系の外部から来た敵だった。しかし今回は、太陽系内部で起きている変化です。倒せば解決する相手ではありません。
ただ……知ってしまった以上、私一人で抱えているには大きすぎて……。どうにかならないか、あなた達にも相談したかったのです」
せつなはかつてとても強いパワーを持つ戦士だったし、戦士として戦う時以外の日常生活の中でも頼りになる存在だった。だからこんな風にはるかやみちるに相談することは珍しかったし、相談がある場合はすでにある程度解決の道筋が立っている場合も多かった。そのせつなが、今、太陽系の変化という大きな難局にぶつかり、途方に暮れている。
これはただ事じゃないな。はるかはそう悟った。
「でも、あなたは三十世紀の未来を見ているわよね。地球は一度コールドスリープするけれど、三十世紀にクリスタル・トーキョーとして生まれ変わっている。未来のプリンセスも存在していた。あの未来は来ないものなのかしら」
みちるがちびうさの事を挙げて問うと、せつなは胸をぎゅっと掴まれたような表情になる。
「……最初は、この太陽系の変化こそが地球がコールドスリープに入るきっかけだと考えていました。でも……どうやら事情が少し違うようなのです。あの未来は、変わってしまうおそれがとても高い。それどころか、未来がやってくるかどうかすら今はわからない。
つまり、このままだとスモールレディは生まれず、クリスタルトーキョーもこの先出現しない。私はそう考えています」
その言葉にほたるがはっと口元を押さえる。
「ちびうさちゃんが……」
せつなは力なく頷いた。
再び訪れた沈黙。四人は言葉を探し、思考を巡らせるが、誰も何も思いつかずに黙っていた。
数分経って、沈黙を破ったのはせつなだった。
「久しぶりに会ったのに、こんな話になってしまってすみません」
その言葉に、みちるは首を横に振り、テーブルに置かれたせつなの手を握る。
「せつなのせいじゃないわ。よく話してくれたわね」
「変革の時までまだ少し時間があります。 プリンセスや他の戦士にもお話して、皆で力を合わせて策を考えたいと思っています」
せつなの言葉に、三人は頷いた。