その日は、十一月の前半にしてはずいぶんと暑い日だった。最高気温三十度。例年だったらとっくにいなくなっているはずのセミが鳴き、太陽がギラギラと照りつけている。
「今日も随分と暑いわね」
日傘を差して歩くのは、エメラルドグリーンのウェーブがかった髪をなびかせて歩く女性。天才ヴァイオリニストにして画家でもある、海王みちる。彼女はノースリーブのワンピースにカーディガンを肩にかけて歩いていた。本来であればこの時期にはもう衣替えでしまわれていたはずのワンピースだが、今年は未だに活躍している。
「まったく、こう暑い日が続くと堪えるな」
隣でみちるの会話に応えたのは、淡い金髪のショートカットでみちるより少し長身の女性。天才レーサーの天王はるか。サングラスをかけ、半袖のシャツにスラックスを履いた姿は美青年のようである。
二人は太陽系を守るセーラー戦士として壮絶な戦いを経て、現在は一緒に暮らしていた。最後の戦いから八年余り。あの日を最後に、二人はセーラー戦士として戦うことはなく、平和な日々を過ごしていた。
「せつなに会うのは何年ぶりかしら」
「二年ぶり……かな。随分長いこと会わなかったな」
二人は、共にセーラー戦士として戦い、一時は一緒に暮らしていた友人を思い浮かべた。冥王せつなは戦いの日々が終わった後に進学し、大学院卒業後、研究者として活躍していた。かつてはるかやみちると共に暮らした家に今も住んでいる。皆で養育した土萌ほたるも一緒だ。ほたるの養育が終わったら未来へ帰るという話になっているそうだが、キングやクイーンからは、現代で存分に研究に励んで構わないというお達しも出ており、もうしばらくは現世に残ると聞いていた。
はるか、みちる、せつなは、当初ほたるを共に養育するという目的と約束のもと共に暮らし始めた。しかしはるかとみちるの関係が深くなったことや、二人の仕事が海外を拠点にすることが多くなってきたことを考慮し、せつなから別離を提案した。
始めはその提案に躊躇した二人だったが、確かにせつなの言う通り、自分達は恋人以上の関係になっており、思春期に差し掛かったほたるの前で気を遣うことも増えていた。ほたるも成長して手が離れてきたこともあったので、せつなの提案に応じることにした。
その代わり、なるべくこまめに連絡を取り、都合をつけて会いにくるようにしていたのだが……ここ最近ははるかとみちるが海外を飛び回ったり連続した休みが取れない時期が多かったため、なかなか揃って会う機会が持てなかった。
しかしちょうど二人の仕事が落ち着いて来たタイミングだったのと、せつなからなるべく早く会いたいというメッセージが来たため、急遽懐かしい四人の家に集まることになったのだ。
「楽しみね。……でも、せつなが急ぐなんて何かしら。嫌な話じゃないといいのだけど」
一瞬顔を曇らせるみちるに、はるかは大丈夫さ、と笑う。
「君の鏡にはずっと何も写っていないだろう?もしかして素敵なパートナーができた、とかじゃないかな」
「ふふふ。だったらいいわね」
そうやって和やかに話しながら歩いていたら、あっという間にかつての自分達の家にたどり着いた。