久々に皆と再会してから、レイは毎日炎に向かって占いを行っていた。炎の中に何か将来を暗示するものが見えないか……と目を凝らすが、今の所は何も見えてこない。ただ、いつもより炎の勢いが強く、破壊的な勢いを感じるような気はしていた。
――最近、参拝客も増えたわね。
朝のお勤めとして境内を掃除しながら、レイはため息をつく。
最近は行事での祈祷に加え、不安感を訴えて神社にやってくる人が増えたのだ。いつもであれば参拝客がどのような悩みを持っているのか、あるいはどのような祈りを求めているのかを感じ取り、なるべくそれを取り除けるような祈祷を行っているが、はるかとみちるの話を聞いてからは、強い無力感を抱いていた。
立ち向かうものがあまりに大きい……。
個人の悩みであれば祈りによる解決はある程度の効果があるが、地球、いや宇宙規模の問題に対して、自分の祈りで何ができると言うのだろうか。
それでも毎日絶えず参拝客はやってくる。そして、皆一様に礼を言って帰っていくのだ。
「気持ちが晴れたよ。ありがとう」
「これで安心ね」
レイはその言葉を嬉しく思いながらも、本当の問題を解決できないことにじれったさを感じていた。だから何か自分にできることはないか、と思うのだが、せつなですら解決策を思いついていないような大きな問題に対し、自分一人がどうにかできる問題ではないこともよくわかっている。せめて解決の糸口を見つけることができないかという思いで、日々占いを行っているのだ。
レイは箒を手にしたまま俯いて地面を見つめた。寒さのせいか地面には霜がつき、真っ白になっている。箒で掃くと、うっすらと白い線がついた。本来であればこれから神社は葉が色づき、次第に枯れ葉だらけになり、どんぐりが無数に落ち、やがて冬を迎えるはずだ。
だが今は、まだ葉だらけの木と不釣り合いな白い地面と白い空が広がっている。吐く息が白く、箒を持つ手はすっかりかじかんでしまった。
「レイさぁーん、どうしたんですか?」
声をかけられて振り向くと、屋内から雄一郎が覗いていた。レイがぼーっとしていたことが気になったのだろう。振り返ったレイが浮かない顔つきをしていることに気付き、草履をつっかけてレイの元までやってきた。
「寒いんですから、僕が交代しますよ」
雄一郎がレイが持つ箒を握る。
「……ねえ、雄一郎」
レイは箒を手放さないまま、雄一郎を見上げた。思わぬ形で二人は向き合って箒を握る形となったため、雄一郎は顔を赤くし、しどろもどろになって答える。
「は、はいっ! ど……どうしたんですか?」
「最近思うんだけど……私たちがやっていることって、意味あるのかしら……」
レイが思い詰めたような顔で聞くので、雄一郎はすぐに返事ができなかった。
「レ、レイさん……?」
雄一郎はうっかりレイと見つめ合う形になってしまう。濃紺の深い瞳は、輝きと神秘さを秘めていて、このまま自分も世界も吸い込まれていきそうな……そんな錯覚に陥っていた。
「雄一郎」
レイに声をかけられ、雄一郎は首をブンブンと振った。そして咳払いを一つして、口を開く。
「レイさんが……何に悩んでいるかは、僕にはわかりません……。ただ、レイさんの力を必要として神社に来る人はたくさんいます。そういう人たちが救われて帰っていくんだから、レイさんがやっていることはとても意味があることだと、僕は思っています」
雄一郎の言葉に、レイははっとする。
――意味を考えるのは、私じゃないんだ……。
自分がくよくよと悩んでいても、救いと祈りを求めてやってくる人がいる。そういう人たちが救われるというのであれば、そこには自然と意味が生まれる。
雄一郎は、長く下がった前髪の隙間から、真っ直ぐにレイのことを見つめていた。不器用だが、この純粋さにずっと救われてきたのだ。
その目を見ながら、レイはふと、先日皆で集まった時のことを思い出した。
「こんなところで終わってたまるものですか」
――うさぎに、そう言ったっけ。あの時は随分強気で言っちゃったなぁ……。
レイはあの日のことを思い出して苦笑いをする。自分たちはプリンセスであるうさぎ、そして未来のネオ・クイーン・セレニティを守るべき戦士なのに、その戦士が弱気とは情けないものである。
「大丈夫ですか? レイさん……」
苦笑いを浮かべるレイを見て、雄一郎は再び心配して声をかけた。
「そうよね……こんな弱気じゃ、うさぎに笑われちゃうわね」
レイは箒の柄をぐっと握りしめる。そして、そのまま箒を雄一郎に渡す。
「ありがとう、雄一郎。私は私のやれることをやることにするわ」
レイはにっこりと微笑んだ。雄一郎は箒を受け取り、戸惑ったような顔をしていたが、
「……なんかよくわからないですけど、レイさんが元気になったならよかったです。
と、照れたように笑った。
「じゃ、雄一郎。あとはよろしくね!」
箒を受け取った雄一郎を見て、レイは片手を挙げ、さっさと本殿へ入っていった。
「まったく、レイさんは……」
雄一郎は呟きながら地面の落ち葉を集め始めたが、言葉とは裏腹に気持ちは弾んでいたのだった。