何事もなく朝がやってきた……ように、見えた。
美奈子は大きく欠伸をしながらテレビのチャンネルを切り替える。昨日、想定を超えた寒さにより、ある地域の送電設備が故障し大規模停電が起きたというニュースがやっていた。チャンネルをどこに変えても、同じニュースばかりだ。
「やーねぇ……同じニュースばっかり……」
美奈子がため息をついてリモコンを置くと、傍に置かれた携帯電話が鳴り始めた。美奈子のマネージャーからだ。
「昨日起きた停電のせいで、これからやるはずだった生放送番組が変更になってしまったんだ。とりあえず待機で。また連絡する」
早口でそう告げ、マネージャーは一方的に電話を切った。
「ええっ、ちょっとぉー!」
美奈子が声を発した時には、すでにマネージャーからの電話は切れ、ツーツーという無機質な機械音だけが戻ってきた。
美奈子は携帯電話をぽいっとベッドに放り、自分もそこに座った。
「あーあ。大変なことになっちゃったなあー」
急に朝の予定がなくなったので暇を持て余すことになり、美奈子はそのままベッドにゴロンと横たわった。ニュースを見ていたアルテミスが美奈子の元にやってくる。
「ゴロゴロしてる場合じゃないだろう。せっかく起きたんだし、これから情報収集したり対策を考えないと」
美奈子は不満げに頬を膨らませ、近づいたアルテミスの鼻を突く。
「そんなこと言ったって、あたし達に何ができるのよ。せつなさんが難しい研究をしても解決策がわからないような話なのよ?」
美奈子の態度にアルテミスはため息をつく。
「そうだけど……僕らにだってやれることがあるかもしれないじゃないか」
「そうねー……そうなんだけど。どうすればいいのかしらね……」
美奈子が天井を仰いだまま呟いた。
「あたし、もうアイドルできないのかなあ……」
アイドルどころじゃない、地球存続の危機だぞ、そう言おうと口を開きかけたアルテミスだったが、美奈子の表情を見て口を噤んだ。
セーラー戦士として戦っていた時期、数々の葛藤を乗り越えてきた美奈子。今の表情はあの時に何度も見た表情に似ている。
「美奈……」
美奈子は、中学時代と高校時代の多くの時間を戦士としての戦いに費やしてきた。そしてそれが終わってようやく自分の夢を追うことができるようになったのだ。美奈子の心中を察し、アルテミスは何も言えずにしっぽをくねらせ、美奈子の表情を見つめていた。
「……なーんてねっ」
美奈子がガバっと上半身を起こした。そばに座っていたアルテミスはその勢いに驚き、慌ててベッドの下に飛び降りる。
「みんなのアイドル、みんなのリーダーが落ち込んでてどーするってのよ! どうすればいいのかはわからないけど、あたしは待ってる人がいる限り歌うわよーっ!
さ、レッスンにでも行こうっと!」
ベッドから立ち上がり、美奈子はいそいそと準備を始めた。アルテミスはその背中を眺める。
「調子いいよな、美奈。ま、それがいいところなんだけど」
と半分呆れ、半分感心したような表情で呟いた。