火川神社で皆と会ってから、三日ほど経っていた。暑い日が続いていたかと思えば、今日は異常なまでに寒い。東京都心で十一月上旬に氷点下になるというのは、本来ありえない気温である。
せつなとの再会後、はるかとみちるは状況を鑑みて、四人で暮らした住まいに戻ることに決めた。せつなは研究のためにより忙しくなるので帰りが遅くなるだろうと言っていたし、これからは密にコミュニケーションを取った方が良いと考えたからだ。ほたるも二人が戻ってくることをとても歓迎した。
「さて、と」
はるかは、みちると二人で暮らしていた家から持参した荷物を片付けて、ソファに座った。荷物と言っても、当座をしのげる量しか持ち込まなかったし、元から持ち物は少ない方だからすぐに片付く量だ。
みちるは週末に控えたコンサートの練習と打ち合わせがあり外出していた。はるかは午前中にバイクの練習の予定だったのだが、寒さで路面のコンディションが悪かったため早めに切り上げることになり、その足でこの家を訪れていた。
「はるかパパ、ただいま」
午前中だけ学校に行っていたほたるが帰ってきた。制服姿でリビングのドアの前に立っている。
「やあ、おかえりほたる」
はるかが手を挙げて返す。ほたるは荷物を置いて、はるかの隣に座った。少し間を置いてから、はるかの顔を見て、ふふっ、と笑った。
「どうした?」
ほたるの様子を見てきょとんとした顔ではるかが聞くと、ほたるは嬉しそうな顔のままううん、首を振る。
「はるかパパとこの家のソファで隣に座るの、久しぶりだなぁと思って」
ああ、そういうことか、とはるかは頬を緩めた。数日前に久しぶりに会った直後は大人びたように感じたが、まだまだ年齢相応に少女のあどけなさの残るほたる。その顔を眺め、頭にぽんぽんと手を乗せた。
「あ、やだ。もうそんな子どもじゃないんだから」
ほたるが即座にはるかの顔の前に手を出し、止めるような仕草をする。照れているのか恥ずかしいのか、頬がほんのり赤く染まっていた。
「はは、ごめんごめん。ほたるが可愛くてつい、ね」
はるかは手をどけた。手にはほたるに触れた温かい感触がまだ残っている。不意に、かつてこの家でほたるを養育し、触れ合い、成長を喜んだ日々が頭の中に蘇ってきた。
――もう、あの幸せな日々は返ってこないのか……?
はるかは手をぐっと握りしめ、窓の方を見た。
外は冷たい風が吹きすさび、緑の葉をつけた木の枝が強く揺れていた。このままだと紅葉するタイミングを失ったまま、散ってしまいそうだ。
――僕達もあの葉のように、自然の強い力には抗えないものなのだろうか。
「はるかパパ……」
急に顔が曇ったはるかを心配して、ほたるが声をかけた。握られた手に自分の手を重ねる。
「……大丈夫。僕達は乗り越えられる。そうだろ?」
それはほたるではなく自分自身に向けられた言葉だったが、そう言いながらほたるに頷いた。
「久しぶりついでに、ドライブがてらみちるを迎えに行こうか。今日は寒いから、屋根のついた車に乗ってきたんだ。車を温めて行ってあげよう」
はるかの言葉に、ほたるがパッと目を輝かせ、頷いた。
その日の夜、はるか、みちる、ほたるの三人は、家で揃ってニュースを見ていた。せつなはやはり研究の影響もあり、帰宅が遅くなると連絡が来ていた。この状況のせいだろうか、それともせつながいないせいだろうか。三人で囲むテーブルは、かつて四人で暮らしていた頃よりも暗く寂しく見える。
最近の気候変動の激しさのせいか、ニュースでは世界各地で起きる自然災害の話や、この異常気象の原因を追及する話が繰り返されている。原因は地球温暖化だとか、地球はもう何十年ももたないかもしれないとか、そういった内容のニュースが流れていた。
「研究の内容はやはり一般には伝わっていないんだな。的外れな内容ばかりだ」
繰り返されるニュースにうんざりしたのか、はるかはテレビのスイッチを切る。
「せつなママ、大丈夫かな……」
ほたるが心配そうに呟いた。時計を見ると、夜の九時を少し過ぎたところだった。
並んで座っていたみちるが、ほたるの肩を抱く。
「きっと大丈夫よ。私達は私達で、今後のことを考えていかないとね」
みちるの言葉に、ほたるはまだ少し不安そうな顔をしながら頷く。
「せつながいない間に、僕達も勉強しなきゃな」
はるかが親指を立て、背後をくいっと指し示した。そちらにはせつなが置いていった研究の資料が置いてある。
「せつなが追加の情報も随時メールしてくれることになってるんだ。でもそれを待っているだけじゃ何も進まないからね。……せつなに追いつくのは大変だぞ」
いくつかの束に分けられたその資料は、すべて合わせると電話帳くらいの厚さがあり、少し覗いただけでも専門用語が数多く記されていていて、容易に読めるものではなさそうだ。みちるが立ち上がり、紙束の一つを手に取る。
「それでも、私達ができることをするしかないわね。やりましょう」