ウラヌスが再びクイーンの元に呼ばれたのは、ネプチューンと関係を持ってから二日ほど経った朝だった。
あの日の翌朝から、ネプチューンは講義にも戦闘訓練にも姿を見せなかった。ウラヌスは朝まで彼女の部屋で過ごし、別れ際にはいつもと変わった様子はなかった。互いが心を許した相手の腕の中で眠り、目を覚ますことができた喜びで、もう一度唇を重ね抱き合う時間を持ったりもした、が。それ以外には何も変わらない朝だったはずだ。
彼女の身を案じて部屋を訪ねたが、反応はなかった。もしかしたらあの時にネプチューンに負担をかけてしまい、体調を崩したのだろうか。不安に思ったが、それを確かめる術はなかった。
そんな状況でクイーンに呼ばれたため、ウラヌスの不安は増長した。あの夜のことは二人の秘密だったはずだが、何らかの理由でクイーンに伝わったのかもしれない。プリンセス以外の者と関係を持つことは、明確に禁止された行為ではないものの、許された行為でもない。それに対して咎められる覚悟はあったものの、自分ではなく先にネプチューンに矛先が向くおそれがあるとまでは考えておらず、ウラヌスは自分の考えの甘さを実感した。
「失礼いたします」
ほんの数日前に訪れたばかりのクイーンの部屋に足を踏み入れる。クイーンはいつもと変わらず、ゆったりとした動きでウラヌスを振り返った。
「セーラーウラヌス」
「はい」
先日と同様、ウラヌスは跪きクイーンの言葉を待った。カツカツと、ヒール音が近づいてくる。ウラヌスの緊張が高まった。視線の先に、ひらりと靡く長いドレスに包まれた足が見えた。
「今すぐ、天王星にお戻りなさい。あなたの新しい任務です」
クイーンに伝えられた言葉に、ウラヌスはハッと顔を上げた。淡々とした口調で話したクイーンは、表情も変えずウラヌスをじっと見つめている。ウラヌスを咎めたり怒ったりする雰囲気はなく、ただ事実を伝えただけという様子だった。
「え? ……天王星、ですか?」
戸惑うウラヌスに、クイーンは静かに頷いた。
「あの……この前与えられた任務はどうなるのでしょう。プリンセスの」
「取り止めです。状況が変わりました」
クイーンの言葉に、ウラヌスは背中がひやりとした。ウラヌスは王宮事情を詳しく知っているわけではないが、ここ数日のうちに状況が変わるような出来事は思い当たらなかった。自分たちの情事以外は。
しかし、もし仮にあの行動が理由だったとして、プリンセスに対する任務がなくなり天王星に赴くことになる理由は理解できなかった。クイーンに詳細を問いたかったが、それでは自分とネプチューンの関係を自白することにも繋がりかねないため、ウラヌスは躊躇う。
「天王星で、何をするのでしょう」
「太陽系を外敵から守る任務です」
クイーンは淡々と答えた。必要最低限のことしか答える気がないのはその態度を見て明らかだった。しかしなぜかウラヌスはその時、クイーンに食い下がるべきだと感じた。ここで聞かなければ後悔するかもしれない。そんな気がした。
「もう一つ、伺いたいのですが」
意を決して、ウラヌスは口を開いた。クイーンは言葉を発さず、視線だけでウラヌスに応える。
「ネプチューンは」
彼女の名前を出す時、声が震えそうだった。しかし、ウラヌスの気持ちをよそに、クイーンは表情一つ変えなかった。
「セーラーネプチューンは、あなたより先に海王星に戻りました」
一言、それだけを放つ。ウラヌスは呆然とした。跪いたままの姿勢でクイーンを見上げる。クイーンは相変わらず無の表情でウラヌスを見つめていた。
クイーンは知っている――ウラヌスはそう感じた。二人だけの秘密だと思っていたネプチューンとの繋がりを、おそらくクイーンは知る手段があった。
自分に与えられた力は、最初からクイーンに支配された力だったのだ。クイーンに指示された任務以外で使ってはならなかったのだ。
何を狼狽えているのだろう。最初からわかっていたことではないか。クイーンに咎められるおそれがあることは、あの夜からずっと危惧していたことだ。なのになぜ自分の行動を止められなかったのだろう――――。
「わかったら行きなさい」
穴が開くほどクイーンを見つめ、そこから視線を逸らすことができなかったウラヌスは、クイーンの言葉でハッと我に返った。クイーンは相変わらず感情をどこかに忘れてきたような冷めた瞳をウラヌスに向けている。弾かれたようにさっと立ち上がり、ウラヌスは王室を後にした。