最後の戦いが終わってから十番街を離れた二人だったが、今回の出来事を鑑みるに、再び月野うさぎに接触するか、彼女の周辺の調査をする必要があるだろうというのが、はるかとみちるで一致した答えだった。
とはいえ、何か目立った事件が起きたわけでもなく、みちるの持つ深海鏡に、不審な様子が映ったわけでもない。
「まあ、期待はできないけど。久しぶりにドライブがてら、あの辺に行ってみようか」
数時間の睡眠のあと少し遅めの朝を迎えて、はるかは前日より少しだけ気持ちが上向いていることに気がついた。自分の身体が変化した理由がわかったというのが大きいだろう。さらに言えば、いま現世で自分の恋人であるみちると、前世でも繋がりがあったことをはっきりと思い出すことができたのが、心の支えとなっていた。
一方でみちるは、はるかが前向きな気持ちに変化したことに気づき一安心したものの、心の中にやや暗澹とした気持ちが広がるのを抑えられなかった。前世で自分が焦がれたウラヌスが、プリンセスと関係を持つ運命にあったこと。結果的に関係を持ったのはプリンセスではなくネプチューンだったとはるかは言っているし、みちるにもごくわずかではあるがその記憶の一部が蘇った。だからはるかの記憶の信ぴょう性は高いと感じていた。
しかし、本来の使命であるプリンセスとの交合が行われなかったという記憶や証拠はない。
ウラヌスがもし、実際はプリンセスを抱いていたら――想像したくはなかったが、つい思いを巡らせてしまいそうになる。
前世のプリンセスへの嫉妬。不毛だがそれはあるかもしれない。だが、彼女もまた、不遇な運命に踊らされた被害者の一人と言える部分はある。前世でプリンセスが地球国の王子であるエンディミオンと結ばれたいと願っていたのは、戦士たち皆が知る事実だ。だからプリンセスへの嫉妬がなんの意味も持たないことはみちるもよく理解していた。
ましてや、現世でははるかもうさぎも、宿命に縛られることなく互いに自ら選んだ恋人と連れ添っている。今回はるかの身に起きた変化が、例え再び宿命を必要とすることを示唆していたとしても、当事者である二人が同意してその宿命を果たすことはないだろう。
前世でも現世でも、ウラヌス、そしてはるかの気持ちはネプチューンとみちるを向いているのだから、何も不安に思う必要はないのだ。しかし。
この靄のような気持ちは、もっと単純なものかもしれない。
もし、ウラヌスが気持ちをネプチューンに向けながらも、プリンセスとの使命を遂行していたら。プリンセスはおそらく、ウラヌスに心と身体を曝け出し、ウラヌスもまた同様に、プリンセスに身を捧げたことになる。それが本望であるかどうかは別として、熱い口づけと抱擁を交わし、素肌を触れ合わせ一体となり、刹那の恍惚を味わったかもしれない。本能的に意識が飛ぶような快感さえも走ったかもしれない。
みちるの脳裏に、昨日はるかと睦み合う間に蘇った、前世のウラヌスの表情が思い返された。深い翠の瞳は、朧げな記憶の中でも鮮明に輝いていた。穏やかに自分を見つめながら、どこか本能的、支配的に見下ろす彼女の視線を思い出すと、胸がきゅっと苦しくなる。
あの目は、自分だけに向けられたものであって欲しい。
だって、わたしはずっとそれに支えられて生きてきたのだから。
ウラヌスが宿命を果たそうとしたのか否かは、自分が信じ心の支えとしてきたものが、守られるか揺らぐか、そのどちらかを意味するのだ。そうみちるは思った。
これから自分たちが十番街を訪れることで明るみになるかもしれない事実に、みちるは期待半分不安半分な気持ちで向かうのだった。