はるかから聞かされた前世の話は、みちるに強い衝撃を与えた。しばらくはるかの横顔を凝視したまま動けずにいたが、やがてはるかがベッドから立ち上がり声をかける。
「シャワー、浴びるだろ」
みちるはハッとして自分の身体に視線を移した。はるかに伝えられた話に夢中で忘れかけていたが、みちるの身体は汗や二人の体液に塗れていた。はるかも同様だ。
はるかに手を取られ、みちるはベッドルームを後にした。
「わたしは、前世で王国にいた時の出来事はほとんど覚えていないわ。海王星にいた時のことは少しだけ覚えているけれど」
シャワーの後、覚醒した頭と身体を鎮めるため、二人はホットミルクを片手にリビングのソファに座っていた。間接照明のみ点けられた薄暗い部屋と胃を温める優しい飲み物は二人の眠気を誘ったが、それでも先ほどの会話で知った事実を前に、すぐに眠る気にはなれなかった。
「僕もさっき思い出したばかりだし、いま話した内容もおそらくかなり断片的だ。ただ、僕が特別な力を持ち任務を与えられた戦士だったこと、その任務を果たすより前にきみを穢してしまったことは間違いなく覚えている」
はるかは先ほどまでのみちるとの行為を思い出した。みちるの中で絶頂を迎えた瞬間に見えた、ネプチューンの姿。前世のあの時も、湧き上がる衝動を止められず、夢中でネプチューンを抱いた。記憶は断片的ながら、あの時のウラヌスの興奮と抑えきれない気持ちは、はるかの心にありありと蘇ってきた。
「でも、うさぎ――前世のプリンセス・セレニティは、お世継ぎを産んでいないわよね」
「ああ」
前世のウラヌスとネプチューンが、それぞれ天王星と海王星での任務に当たっている途中で月の王国が滅びたというのが二人の認識だった。つまりこれらの認識が正しければ、王国で関係を持った後に二人は任務のため離れ離れになり、プリンセスは世継ぎを授からないで王国は滅びを迎えたということになる。
しかしそれでは、ウラヌスに与えられた特別な任務が果たされないまま、別の任務のために王国を去ったことになる。その理由について、はるかは思い至らなかった。
「ただ、この記憶がどこまで正しいのかわからないし、正しかったとして僕が特別な任務を遂行したのか否か、そしてプリンセスが本当に世継ぎを授からないまま王国が滅びたのかまではわからないな」
はるかはそう言ったが、内心ではプリンセスに対しての任務は遂行されなかっただろうと確信していた。記憶が定かではない中で確信できるほどの証拠は何もなかったが、ネプチューンへの想いと情熱、本来の任務への後ろ向きな気持ちははっきりと思い出すことができるのに、プリンセスへの任務を果たしていたとしてそれを思い出すことができないというのは考えにくかったのだ。
もっとも、前世の記憶を思い出したきっかけは、この身体になってみちるを抱いたことであるから、プリンセスである月野うさぎと関係を持つことで何か思い出す可能性もなくはないと思ってはいた――が。
いやいや、とはるかは軽く頭を振り、心の中でこっそり苦笑いした。
つい先日、大きな戦いが終わるまでは疎ましささえも感じ、半ば敵視していたセーラームーンが、守るべきプリンセスであり真の救世主だった、それだけでも自分たちにとっては驚くべき重大な事実だった。それがまさか、前世で自分と肉体関係を持たなければならない存在だったとは。あの大きな戦いが終わってから、あらゆるしがらみから解放された気でいて、まだまだそうでないことを実感してしまう。
だがもちろん、思い出せるかどうかわからない記憶のために、互いの精神や肉体、人間関係を犠牲にして彼女を抱く気には、到底なれなかった。うさぎも自分も、前世での縛りから解放され、自分の意思で選んだパートナーがいる。もういまは、宿命に囚われる必要などない。
はるかの身体の変化が、おそらく前世での彼女の役割に大きく関わっているのは、ほぼ間違いないと言っていいだろう。しかしなぜ現世でこのような変化が起きたのかは、二人がどれほど考えてもわからない事実だった。
「寝ましょうか」
考え込むはるかに、みちるは優しく声を掛けた。いつの間にかカップは空になり、時計の針も、リビングにやってきてから随分と進んでいた。思いを巡らせていればいくらでも眠らずに過ごせそうだが、答えの出ないことをこれ以上考える意味はないだろう。
みちるに促され、はるかは再びベッドルームに戻った。