ネプチューンが目を覚ますと、すでに隣からウラヌスの姿は消えていた。ベッドシーツに触れてみるとひんやりとしていて、ウラヌスが去ってから長い時間経ったことを物語っている。それからネプチューンは、シーツの温度を確かめた指先を、ゆっくりと自らの唇に運んだ。柔らかなその表面は、先ほど触れたシーツとは異なり、まだ熱さを湛えているように感じられた。
「…………バカ」
もうそこにはいない彼女に向けて呟く。朝のひんやりとした空気に包まれた寝室で、ネプチューンは火照る自らの身体を抱くように腕を抱えた。
午前中は王国の歴史に関するいくつかの講義を受ける予定だった。戦士候補であるウラヌスやネプチューンはもちろん、王宮で給仕を行う同じ年頃の少女たち、稀にプリンセスも同じ部屋で講義を受ける。
ネプチューンが講義に向かうと、珍しくウラヌスの方が先に着席していた。入口から遠い窓際の席に座り、遠くを見つめている。彼女はいつも誰かと群れることはなく一人で座っており、今日選んだ席もいつもと同じ位置ではあるのだが、この日はいつになく人を寄せ付けないオーラを放っているように見えた。
ふと、ウラヌスがネプチューンの方を向いた。そして目を丸くする。ネプチューンはどきりとしてその場に立ち尽くした。
「ウラ……」
ネプチューンの口から、掠れた声でその名が呟かれかけたその時だった。
「ごきげんよう」
ネプチューンの背後から、鈴の音を転がしたような高く幼い声が聞こえ、彼女はハッとして後ろを振り向いた。
「……プリンセス」
ネプチューンがたった今くぐった入口を通り、プリンセス・セレニティが部屋に入ってきた。ネプチューンと目が合うとにこりと微笑んで会釈し、ひらりとドレスの裾を靡かせながら、プリンセスは部屋の前の方に進んでいった。そこには既に内部太陽系戦士たちが座っていて、プリンセスに微笑んで手招きした。プリンセスがその輪の中に入ると、自然と雑談が始まったようで、部屋は少し賑やかな空気になる。
ネプチューンはしばらくその場でプリンセスの方を見ていたが、はたと気づいて再びウラヌスの方を向いた。そしてある事実に気づき、一段と強く心臓が鳴る。
ウラヌスもまた、プリンセスをじっと見つめていたのだ。食い入るようにその行方を追っていた。
その表情を見て、ネプチューンは確信した。先程自分と目が合った時にウラヌスが驚いて目を丸くしたように見えたが、そうではなかった。ウラヌスは、最初からプリンセスを見ていたのだ。
なぜ、ウラヌスが。ネプチューンは心がざわつくのを感じた。ウラヌスがこれまでにプリンセスを含めた他人に興味を持ち、その感情を露わにすることなど、一度だってなかった。辛うじてネプチューンとは行動を共にすることが多く関わりがあると言えたが、あくまで戦闘訓練をするのに実力が近いからという理由でしかなかった。必要最低限の、訓練に関連する会話以外に興味のない彼女の態度から、それは明らかだった。
だからこそ昨晩一緒に寝たいと言われ、キスまでされたことに、ネプチューンはとても驚いたのだ。理由はわからなかったが、あのウラヌスがそこまでの行動を起こしたことには何か意味があるだろうと思った。もしかしたら自分に何らかの興味を抱いたのではないかと、少し期待してしまう気持ちもあったのだ。
だが、決して自分が特別というわけではないのかもしれない。それを、プリンセスに対する視線で思い知らされた。やはり理由はわからないが、ウラヌスはプリンセスに何らかの感情と興味を抱いている。
しかし。
それが一体なんだと言うのだろう。ウラヌスが訓練以外のことや他人に興味を持つことは、悪いことではないし自分が気にすることでもないというのに。
自分の心がざわつく理由を、ネプチューンはわかっていた。わかっていたけれどそれを認めるのが怖かった。心が黒くてドロドロとしたものに蝕まれていくような気がして、思わず身体に震えが走った。
ネプチューンは黙ったままウラヌスから目を逸らし、彼女から遠く離れた手近な席を選んで着席した。
プリンセスが他の戦士と談笑する度に、揺れる金髪が視界の端に写り、眩しかった。ネプチューンは持参した本を広げ、必死でそのページに視線を落とすことで、プリンセスが視界に入らないよう努めた。