ウラヌスは足早に王宮の廊下を歩いていた。自分ひとりが王室に召喚されるのはとても珍しいことだった。いつもはネプチューンも一緒であることが多いのに。
ウラヌスは月の王国を守る戦士として、王宮で訓練を受ける身だった。ゆくゆくは外敵の侵入を防ぐために王国外の惑星に派遣されるか、王国にて戦う使命を与えられる。どの任務を与えられどの惑星に赴くことになるのかはまだわからない。しかし、複数人の戦士が訓練を受ける月の王国で、とりわけネプチューンとは長く行動を共にしているため、彼女と近しい任務になるのではないかと予想していた。
だから今回の召喚はウラヌスにとって予想外であり、不安でもあった。ネプチューンとはまったく異なる任務への配属命令ではないか。そんな予感がしたのだ。
「失礼いたします」
王室に導かれ、クイーン・セレニティに一礼する。長い銀髪を靡かせ、クイーンが振り向いた。ウラヌスは跪く。内心では、クイーンの冷たく鋭い視線が苦手で、あまり視線を合わせたくなかった気持ちもある。
「顔を上げなさい。セーラーウラヌス、今日はあなたに話があって出向いてもらいました」
「はい」
クイーンに言われて顔を上げると、ウラヌスが苦手とする視線が自分に向けて注がれていた。雰囲気に負けぬよう、ウラヌスは自分を律してクイーンを見つめ返す。
「プリンセスのことです」
クイーンの口から出た言葉がウラヌスの予想に反していたため、ウラヌスは思わずそれを表情にも口にも出してしまう。
「プリンセス?」
「ええ。あの子に世継ぎを作らなければならない時期がきました」
「……はあ」
プリンセス。世継ぎ。自分に関係ないと思われる単語を並べられ、ウラヌスは腑に落ちない様子で相槌を打った。クイーンは淡々と続ける。
「あなたたちは守護星から生まれ、守護星から月に向けて遣わされた戦士たちです。その中で毎世代、世継ぎを作るために生まれる戦士がいます」
ウラヌスは釈然としないままクイーンの話を聞いていた。しかし、自分たちの立場である戦士という単語を出されたことに、眉を上げて反応を示した。
「今世代では、あなたがその戦士なのです」
「……僕、が?」
クイーンは黙って頷いた。ウラヌスはクイーンに問うたものの、内心ではクイーンの話の核心は理解できておらず、突如自分が指名されたからそれを確認した、ただそれだけだった。
「はあ……それで僕は一体なにを?」
「プリンセスと交合する必要があります」
交合。その言葉を出されてもなお、クイーンの求めがわからないウラヌスに、クイーンは次のような内容を説明した。
月の王国の人間は、子を孕む能力のある女性という種別の人間だけで構成されている。子を孕むためには、女性と交わり子を作るきっかけとなる男性が必要だが、月の王国にはいない。
その代わり、男性と等しい能力を持つ戦士が、各世代に必ず生まれるようになっていた。たいてい、戦士としての能力が格段に高く、パワーの強い戦士に当てはまる傾向が高い。今世代はそれがウラヌスであるというわけだ。
その戦士は生まれ持った体付きも他の戦士たちとは異なっているが、それを本人が知る機会はほとんどない。だから、世継ぎが必要になるまで本人にもその役割を知らされることはない。世継ぎが必要になったタイミングで本人に知らされ、プリンセスと共に夜を過ごし、子を宿すための行為を行う。
この役割を持つ戦士は、王家では密かに『宿命の戦士』と呼ばれていた。文字通り、生まれながらの運命として『命を宿す役割』をもつ戦士であることを意味する。
「つまりは、その……僕が、プリンセスに子を宿せと?」
ウラヌスはクイーンの言うことを必死で飲み込み、言葉を選びながら話した。正直なところ、これまで交合の具体的なやり取りについて知る機会などなかったから、ピンときていなかった。クイーンはなんでもないことのように涼やかにウラヌスに答える。
「ええ。地球から見て、月が次に満月になるまでに」
「地球の暦が関係あるのですか?」
「あなたには関係のないことです」
聞きたいことは多くあったが、クイーンから伝えられたのはここまでだった。後のこと、特に具体的な行為の作法は、侍者から聞くように言われた。
さらにクイーンからは、任務については口外しないこと、翌月の夜からプリンセスの自室に通うよう告げられ、ウラヌスは王室を後にすることとなった。