朝食の後、みちるは普段も旅行中も欠かさない日課であるヴァイオリンを弾いた。はるかもその場でそれを聴いていた。記憶に欠落があっても、ヴァイオリンの腕に悪影響はないようにはるかには感じられ、素直にみちるにそれを伝えた。
しかしみちるは、どこか冴えない表情を浮かべて部屋をあとにした。
その理由が、その時のはるかにはわからなかった。
朝から驚くことばかり連続していて疲れもあるだろうと、それから少しの時間を二人は離れて過ごすことにした。みちるが気分転換に海を眺めると言って外に出たので、はるかはコンドミニアムに備え付けられたパソコンで、少し調べ物をすることにした。
こういった調べ物は、本来であれば内部太陽系戦士、セーラーマーキュリーこと水野亜美が得意なのだろう。あるいは、真のメシアを捜す少しの期間、行動を共にした冥王せつな。はるかは二人のことを詳しく知っているわけではないが、戦いの中垣間見えた彼女たちの情報収集能力は目を瞠るものだった。
亜美のことを思えば否応なしにみちると水泳で競った記憶が思い出され、せつなのことを思えば、無限学園に侵入する際のヘリコプターのことが思い出される。みちるの記憶からはすっかり消えてなくなった過去の出来事を思い、はるかはパソコンの起動画面を見つめながら、軽く唇を噛んだ。
そこにある簡易なパソコンで調べられる内容には限りがあり、特に一般的な知識の範囲とは異なる、セーラー戦士の敵に結びつきそうな情報に辿り着くことは困難だった。しかし一つだけ、はるかの目を引いた情報があった。
「記憶喪失の原因……か」
医学の情報を集めたページの中にそれはあった。
――強いストレス、逃避。
もしこの不可解な事象が敵の仕業ではなく、みちる自身に理由があったとしたら。はるかはコツコツと机を指で突きながら、みちるの表情を脳裏に思い浮かべた。
みちるが潜在的にストレスを感じ、逃れたいと願った記憶が、セーラー戦士とはるかに関しての記憶なのだとすれば。
薄暗い靄もやのような暗くて重い気持ちが、はるかの心を包み込んだ。みちるにこれまでそういう素振りがあったとは思わないが、戦士であること、使命のために戦うこと、そしてそこに密接するはるかの存在が、本心では彼女の負担となっていたおそれを、はるかは感じずにはいられなかった。
思わず頭を軽く振り、はるかはパソコンの電源を落とした。
みちるの記憶が戻ること、自分が傍にいること、そのそれぞれを、自分は望むべきではないのかもしれない。はるかは暗い気持ちが広がるのを感じながら、パソコンが置かれたゲストルームを後にした。