翌日、先に目を覚ましたのははるかだった。穏やかな波音と部屋を吹き抜けていく涼風に起こされる爽やかな朝だったが、一瞬にして昨夜の出来事が思い出され、すぐに自分の胸元に小さく収まるみちるを見下ろした。
みちるは穏やかな表情で眠っていた。昨夜の不安と恐怖を浮かべた表情は嘘のようだった。はるかはほっとして、彼女の背に回した手をゆっくりと動かして撫でた。
「みちる……」
決して彼女を安息の眠りから引き戻すつもりはなかったのだが、はるかの小さな呟きと共にみちるは一度ぎゅっと身を縮め、ゆっくりと両眼を開いた。
「ごめん、起こしちゃった?」
軽く髪を撫で、指で梳くように通しながら、はるかは小声でみちるに尋ねた。なるべくいつもの朝と同じように、甘い目覚めを与えることで彼女が昨夜のことを思い出さないように。そんな思いから、はるかの指先はくるくるとエメラルドグリーンの美しい髪の上を泳ぎ、額が触れ合うほどにみちるに近づけられた。
……が。
みちるははるかの予想を大きく超える反応を示した。
「……や、やめてっ…………!」
パッと見開かれた瞳、絞り出されるように出された声、振りほどこうともがく腕。それは昨晩の出来事への恐怖心ではなく、はるかその人への拒否反応を示していることは明らかで。はるかは何が起きたのかわからず、呆然としたままみちるの身体から手を離した。みちるはすぐさま身体を起こし、はるかと距離を取るように後ずさった上で、ベットからも降りた。両腕はしっかりと自らの身体を抱き、軽く震えているようにも見える。
はるかも慌てて身体を起こしてから、困ったような表情で前髪を掻き上げる。内心ではみちるが狼狽するのと同じくらい、狼狽え、戸惑う気持ちでいっぱいだったのだが、それを自分が悟られてはいけないだろうと、努めて穏やかに微笑んでみせる。
「……え、と。ごめん。今朝はそういう気分じゃなかったかな。よく眠れた? みちる」
みちるは不信感を露わにしたまま、ベッドの上に座るはるかの姿を上から下まで眺めた。その視線が二度ほど往復したところで軽く眉が上がり、「おや?」と何かに気づいたような表情となる。それから極力小さな目の動きでさっと部屋全体に視線を巡らせ、もう一度はるかに戻ってきた。
最後に、戸惑ったように目を泳がせ、みちるは俯く。彼女が思考する一連の様子を、はるかは終始穏やかな表情を浮かべたまま黙って見つめていた。
やがて、意を決したようにみちるは顔を上げ、問う。
はるかをより一層、驚かせる問いを。
「……あなたは、どなたなの? なぜ私と一緒に、ここにいるのかしら」