自分が自分でなくなるような感覚に呑まれていた。けれど、後戻りはできない。自分はどうなってしまうのだろうと、はるかに愛されながら、みちるはぼんやり考えていた。
はるかはみちるの胸をたっぷりと時間をかけて愛撫した。先端の蕾を舌で転がし、時折吸い上げ、指で何度も形を変えた。途中まで堪え気味だったみちるの声は、途中からついに抑え切れなくなり、躊躇いなく溢れ出るようになった。はるかはみちるの胸の造形を確かめながら、合間に声や表情にも触れ、可愛いと褒めそやした。
それからはるかは鎖骨から胸の谷間、ウエストにかけても丁寧に舌で舐め上げ、キスを落とした。みちるの上半身ではるかに触れられていない場所はないだろうと思えるほど、はるかは丁寧にくまなくみちるを愛でた。
ウエスト部分に留まっていたスリップを脱がされる時に、ショーツにも指を引っ掛けられ、下ろされる。空気に触れるひやりとした感覚に、自分の下腹部の熱さを感じてみちるはドキリとした。その直後にやってきたのは、隔てるものがなくなったことによる心もとなさ。
はるかが自分を見る目が獣のようだとみちるは思った。鋭く輝き、飢えていて、貪るように自分だけを見ている。みちるに向けて声をかける瞬間だけは愛おしむように温かいのに。みちるはその視線や態度が不快ではなかった。そればかりか、貪るようなはるかの瞳を覗き見るたびに高揚感を覚えてしまう。もっと見つめられ、その視線に抉られてしまいたいとすら思う。はるかが自分に夢中なのが感じられて、心から幸せだった。
「はるかも」
自分だけが全てを露わにされたあと、みちるははるかにも同様に脱ぐよう求めた。既にジャケットやネクタイははずしていたが、みちるへの愛撫に夢中ではるかはまだ服を身につけたままだった。もどかしげな手つきでボタンを外そうとするので、みちるも手伝い、シャツを脱ぐ。それからベルトも外し、スラックスも脱いだ。
みちるのものと比べるとだいぶシンプルな下着を躊躇いもなく脱ぎ、はるかも全てを露わにした。それからみちるにぴたりと身を寄せる。先ほどよりもずっと密着した姿勢で間近で覗き込まれ、みちるの胸が踊った。
「もっと僕に夢中になって」
はるかは低い声で囁き、またキスを落とす。
「わたしはもうあなたに夢中よ」
そう囁き返すと、はるかは愛おしげな視線を向ける。首、鎖骨、胸、ウエストと、順にキスを落としながら、はるかはみちるの下腹部に手を触れた。みちるは身を固くして脚を閉じていた。自分の核心部の熱さには気づいていて、早く触れて欲しい気持ちはあったけれど、まだそうされることに躊躇いの気持ちの方が強かった。
はるかはそのことに気づいているのか、すぐに中心に触れようとはしなかった。代わりに、太ももに沿ってまるで羽で触れるようなささやかさで撫でてゆき、そこにもまた唇を落としていった。それからみちるの膝を立てさせると、横に倒し、ウエストから臀部にかけても同様に触れていった。
「あっ……はぁっ」
はるかはみちるの身体に丁寧に触れながらうつ伏せにさせ、背骨に沿って舌を這わせた。身体に電流が走り抜けたようで、みちるは堪らず声を上げ、シーツに強く指を這わせた。まさかそんなところを愛撫されるとは思わなかったし、性感帯になっていることも知らなかった。はるかの表情は見えなかったが、彼女が自分の反応を喜んでいる気がしていた。
うなじから肩甲骨、腰のくびれからお尻の丸み、そして太ももから膝の裏に至るまで、はるかはまた時間をかけ、舌と唇、それから手を使って触れていった。今までの刺激よりも穏やかではあったが、表情や動きが見えないせいか、みちるは先ほどまでとは異なる興奮を覚えていた。
やがてその緩い刺激は、みちるにとってとても焦れったく感じられるようになってきた。みちるの中心部で燻る熱を、生かさず殺さず熱し続ける。はるかの力加減は絶妙だった。はるかの指がお尻から太ももにかけて優しく触れたある瞬間に、みちるは堪らず腰を浮かせ揺らした。まるでもっと触れてと強請るように。はるかはぴたりと動きを止めた。
「みちる」
はるかが背後から呼びかけた。みちるは自分の行動に驚き、愕然とし、ベッドに伏せたままでいた。
身体が勝手に動いてしまった。自分でも止めることができないくらい、はるかに触れられ、乱されたいと思ってしまった。だけど、自分から求めるなんていやらしいと思った。はるかは自分に幻滅し、失望したのではないか。そう思うと、怖くて顔を上げられなかった。
はるかはみちるの背に覆い被さるように重なり、耳許に顔を寄せた。
「だめ……」
みちるが消え入りそうな声で呟くと、はるかは「なんで?」と囁きながら、みちるの耳許の髪を掻き上げて撫でた。
「可愛いよ、みちる」
ダメ押しのように囁かれる甘い言葉。みちるの胸がぎゅっと狭くなる。はるかはみちるがどんな言葉を欲しているか、どう愛せばいいか、よくわかっているようだった。すっかり彼女に翻弄されているとみちるは思った。
「大丈夫、僕に任せて」
まるでみちるの考えを読み取ったかのようにはるかはそう言って、みちるの肩を抱く。みちるが顔を上げ振り返ると、はるかはみちるをまたうつ伏せに戻しベッドに組み敷いた。
「わたしを嫌いにならない?」
みちるがおそるおそる尋ねると、はるかは大真面目な顔で首を振った。
「なるもんか。僕を求めてくれたんだろう?」
真摯にみちるを見つめる視線は、切羽詰まったような切なさもあり、胸が苦しくなった。
「…………自分が自分でなくなるみたいなの。抑えきれなくて……」
「どんなみちるでも可愛いし、好きだ」
みちるの発言に被せるようはるかは言って、また口付けた。
はるかにされる行為すべてが魅力的で気持ちよかった。そして勝手に反応する身体を止められないことが、みちるにとってとても怖くもあった。はるかを前に淫らに乱れる自分への不安と、自我を手放して本能的な快感に溺れてしまうことへの恐怖が取り巻いていた。
もう、自分は二度と理性的な人間に戻れないのではないか。大袈裟ではなくそう思ってしまうほどに、はるかから与えられる刺激は強烈で、初めてのものだった。
「みちるは僕が信じられない?」
はるかの言葉に、みちるはゆるゆると首を横に振った。はるかにどれほど可愛いとか好きだと言われても夢のようで信じられない気持ちではあったが、決して彼女自身のことを信じられないというわけではなかった。
はるかの勢いに押されるように、みちるは脚の間に彼女の侵入を許した。はるかはそっと手のひらをあてがうように中心部に触れる。それだけで湿り気を帯びていることを感じ、みちるの頬が熱くなった。
はるかが軽く口角を上げるのが見える。はるかが自分に触れ喜んでいる。
はるかがみちるの膝を立てて持ち上げた。熱くなった場所を晒す姿勢になる。とてつもなく恥ずかしかったが、はるかになら見せてもいい、彼女なら受け入れてくれるという気持ちも抱き始めていた。
みちるははるかに視線を送った。
いいわ、あなたにすべてを捧げると決めたのだもの――みちるが込めた思いが伝わったのだろうか、はるかがまたふっと微笑むのが見えた。