初めて絶頂を迎えた瞬間のことを、みちるはよく覚えていなかった。ただ無我夢中ではるかにしがみつき、声を枯らしながら喘ぎ、気づけば大きな波に飲まれてしまったという感覚だけは覚えている。身体は抗うことができず、身を焦がすような刺激と、はるかに尽くされているという充足感によって、みちるは容易に高みに連れていかれた。愛する人との睦みあいがこんなにも幸せで気持ち良いことなのだと、みちるは生まれて初めて知った。
あまりに自分ばかりが夢中になって乱れたので恥ずかしい気持ちもあったが、事が済んだ後のはるかはとても満ち足りた表情で自分を見つめていた。それだけで、みちるは先ほどまで自分が抱いていた不安がまったくの的外れであったことを悟った。はるかはみちるを満足させること、ただそれだけの思いで向き合ってくれたのだと感じた。
しばらくふたりは顔を見合わせ抱き合っていた。身体が熱を持っており、内側から火照っている。同じくらい、はるかの肌からも火照りを感じた。
やがてはるかは、再びみちるの下腹部に手を伸ばし、指先でそっと撫でた。
「あっ……まだ……」
みちるが呟くと同時に、はるかはそこがまだしっとりと潤い熱を帯びていることを悟り、口角を上げる。先ほど舌でたっぷりと攻めた突起を指先で弄られ、みちるはぎゅっと目を瞑りため息を漏らした。
はるかは再び、目的の場所にゆっくりと指を沈めた。最初に指先を入れた時よりは少し深めに。みちるの表情を見ながら、傷つけないようゆっくりと侵入してくる。
「大丈夫、力抜いて……」
指先を挿れては抜き、溢れる液を指に纏わせるよう周辺を撫で回し、それから時折声をかけ、キスを落とす。そうやってはるかは、みちるの入り口が柔らかくなるのを待っているようだった。目的の場所に指を受け入れるたび、みちるの脚には期待と緊張で震えが走ったが、一方で徐々に吐息が甘く変化していく。何度か指を抜き挿しすると、やがて自分の深い部分にはるかが達したことをみちるは感じた。
「奥まで入ったよ。わかる?」
はるかの問いかけに、みちるはこくりと頷く。直前の愛撫があったことと、はるかがじっくりと慣らしながら進んだおかげで、中にしっかりとはるかの存在を感じるのに全く痛みはなかった。いまこの瞬間にもはるかの表情からは自分を気にかけてくれていることが伝わってくる。みちるは先を促す意図で、はるかの首に腕を回した。
はるかはみちるの中に沈んだ指を動かし始めた。たっぷりと蜜を纏い、スムーズに出入りするのがみちる自身にもよくわかった。みちるが好むはるかの細く長い指先が中を行き来していると考えるだけで、胸がきゅっと締まり、感じ方を強めているような気がした。はるかは単純に抜き挿しをするのではなく、指を奥に擦り付けたり入り口付近を撫でたりしてみちるの感じるところを探しながら、大事な部分をすみずみまで味わっているようだった。
「みちるの中……熱くて、狭い」
はるかの声は夢見心地に聞こえた。動きは激しくないものの、時折指の出し挿れに合わせて蜜が混ざる音がみちるの耳にも届く。静かな部屋に、はるかの息遣いと小さな水音、そしてみちるが漏らすささやかな声だけが響いていた。外の世界から完全に隔絶された感覚が、ふたりの行為により一層の拍車をかけていると言ってもよかった。
みちるの声が艶を帯びてきたのを見計らって、はるかは一度挿れていた中指を抜いた。人差し指も使って軽く入り口を広げ、先ほどと同じように浅いところで二本の指を行き来させる。一本だけで慣らした時よりはややすんなりと、みちるの中心部ははるかを深く飲み込んだ。
「んっ……」
みちるは軽く息を詰め、はるかに回していた腕に力を込めた。痛くはなかったが、軽い圧迫感があった。自分から様子は見えないが、はるかをしっかりと咥え込んでいる感覚があった。
「少し動かすよ」
はるかはそう呟いて、みちるの中でまた指を動かし始めた。中を蠢く感覚が、先ほどよりも強く、生々しくみちるに伝わってきた。たっぷりとした蜜に包まれ、ぬるりとした動きではるかの指が行き来する。はるかは何度か角度を変えたり深さを変えながら、みちるの中を探っていた。
はるかの下でその動きを感じながら、なぜかみちるは、いつだったかはるかと共に演奏をしたことを思い出していた。西洋館に住むエドワーズ博士の誘いで、みちるがヴァイオリン、はるかがピアノを弾いたあの夜のことだ。事前の練習時間はほとんど取れなかったが、二人は会場にいる客たちを楽しませるのに申し分のない演奏ができた。
直前のリハーサルで、みちるは鍵盤の上で踊るはるかの指の、あまりの妖艶さと美しさに釘付けになった。それまでも彼女の手指の美しさや自分と比べた時の大きさは、みちるにとって魅力的だと思っていたが、なぜかその時はいつも以上に心惹かれ、情緒を乱される思いがしたのだ。
みちるはすでにその時、希望と確信を持っていたのかもしれない。
いつかはるかが想いを持ってみちるを抱き、愛してくれるかもしれないと。
ピアノの上で華麗に踊る指のように、みちるを撫で、大事な部分を明かし、掻き乱してくれるのではないかと。
使命という大きな理由を前に、その期待は見て見ぬふりをされてきた。しかし今、みちるが夢見た瞬間が訪れようとしている。
「んっ……!! ああっ! はるか……あぁ……」
快感が昂まっていく。ずっと様子を窺うようにゆっくりと指を動かしていたはるかは、みちるの反応を見ながら指の動きを早めていった。ぐちゃぐちゃと中をかき混ぜる水音がより大きくなる。
みちるの脳裏に、はるかがピアノを弾く姿と、あの日奏でた幸せな音色が浮かんだ。身体が熱くなっていく。身体の深部に、はるかが入ってこようとしている。下腹部からみちるの中を通って心臓にまで、身を貫くような感覚が迫ってくる。
先ほど感じた絶頂とよく似ていて、だけどもっと強く激しい波がみちるを襲っていた。
「はぁっ……あぁっ……! はるか……んっ……あっ」
必死で喘ぎながらはるかの表情を覗き見ると、彼女もまた、どこか必死でありどこか恍惚とした様子だった。最初と比べて、みちるを気にかける余裕はあまりないように見えた。息を乱しながら一心に手を動かし、細めた目をみちるから逸らさず、一緒に高みに昇る瞬間を待ち侘びているようだった。
みちるは遠く霞んでしまいそうな意識を必死で手繰り寄せ、はるかに縋った。
「はるか……お願い……!」
はるかはそれに応え、みちるの手を握る。
「いいよ……一緒にいこう」
低い声がみちるの耳許を掠めた。はるかの指がみちるの中の深い部分を突き、みちるの中を抉るような鋭い快感が走った。みちるの下腹部に力が入る。
「はぁっ……! あぁっ…………んっ……」
最後は苦しげに振り絞るような声を上げ、みちるははるかの手をぎゅっと握りしめた。そうしないと身体がバラバラにでもなってしまうのではないかと思うほど、身体の内側が熱かった。電流が走ったかのように身体が震え、ぎゅうっと力が入る。逃げ場のない強い快感に、みちるは腰から背、喉にかけてを反らし、空いた方の手でシーツを掴んだ。
一瞬、みちるの頭は真っ白になり意識が飛んだように思えた。文字通り、意識も身体もふわふわと白い世界に飛んでゆく――そんな感覚だった。
そして、数秒、あるいは数十秒経っただろうか、気づけばみちるの意識はまたベッドの上にあった。下肢にはまだ軽い疼きがあり、息は荒く身体は熱く、汗が滲んでいた。はるかもみちるに凭れるようにぐったりとしていて、淡い金髪がみちるの目の前で揺れていた。なんとなくぼーっとしていると、時折思い出したように脚にぴくりと痙攣が走った。中心部はまだ熱く濡れており、ここまでの情事の名残を十分に感じられる。みちるは改めて直前の出来事を反芻し胸を熱くした。
初めて達した領域に、ふたりはしばらくの間言葉を交わすこともなく、呆然としていた。やがてはるかは頽おれるようにみちるの横に身体を預け、横になった。そして、みちるの肩を抱き寄せる。
「みちる」
「はるか」
互いの名を呼び合い、額を寄せ、軽いキスをする。それからぴたりと抱き合って、顔を見合わせた。
「なんだか、夢みたいだ」
はるかは惚けたように呟いた。みちるはくすくすと笑って返す。
「そうね、夢みたい」
実際、みちるにとって夢のように楽しくて幸せで、信じられないくらいに現実味のない、あっという間の一日だった。胸の中に赤子のほたるを抱き、ミルクをあげたあの時間から、はるかに抱かれて無我夢中で己を曝け出した現在に至るまで、まだ経ったの半日ほどしか経っていないなんて。
でもきっと、これからはずっとこの幸せが続くのだろう。みちるは、そう確信していた。
使命は終わり、はるかもみちるもともに生き残り、確かにいま、その頬に触れ手を握り、互いの体温を感じることができている。
何よりも、みちる自身が先ほど感じた身を貫くほどの強い体験こそが、生々しく生(せい)を感じさせる体験だったとも言えよう。使命から解放されてもなお、身体のどこかに残る緊張感と責任感が、はるかの手によって解かれたのだと感じた。これからは一人の人間として自分の人生を生き、はるかを愛し、愛されても良いのだ。いまは心の底からそう思える安心感があった。
はるかがそっとみちるの頭を撫でた。みちるは、はるかの胸に身を預ける。
互いの温もりと吐息に包まれながら、ふたりは穏やかな眠りに落ちた。