はるかが目を開けると、薄暗い空が見えた。最初に、まだ夢の中なのか、とぼんやり思う。そして次の瞬間には、はっとして首に手を当てていた。
――生きている。
先程までネプチューンにきつく首を絞められていた感触が、まだ残っていた。夢だが、夢ではない。確かにはっきりとその感覚を覚えている。
起き上がると、変身が解けた状態であることに気づいた。傍にはみちるが横たわっており、はるかは慌てて立ち上がって駆け寄る。
「みちる」
みちるの肩を軽く掴むと、瞼が少し動くのがわかった。はるかは安堵する。肩を優しくトントン、と叩くと、みちるはゆっくりと瞼を開けた。
「はるか」
みちるの目ははるかを捉え、上体を起こす。その瞳が一瞬戸惑うように揺れた後、元通りにはるかを見つめた。
「はるか……よね?」
はるかはゆっくりと頷いた。みちるが不安そうな表情でそのように尋ねた意図が、はるかにはすぐに理解できた。
「みちるは、僕と戦ったんだな」
はるかの問いに、みちるはゆっくりと頷いた。
コツ、コツ、コツ、コツ……
不意に足音が近づいてくる音がした。二人ははっとしてそちらに視線を動かす。地面に座ったままだったみちるは立ち上がり、体勢を整えた。
やがて足音の方角から二人の人影が現れた。
まさしくそれは、セーラーウラヌスとセーラーネプチューンだった。
「どういうことだ……」
はるかは思わず呟いて、前方の二人と横にいるみちるを見比べた。自分とみちるが今この場にいるのに、ウラヌスとネプチューンが前方から歩いてきているという状況に混乱していた。
隣でみちるが、まさか、と呟く。
「私たちを攻撃したのは、あなたたちなの?」
ウラヌスとネプチューンははるかとみちるの数メートル手前で立ち止まった。はるかもみちるも警戒して様子を眺めていたが、一方ではウラヌスもネプチューンも穏やかな表情をしており、危険なオーラを感じさせないことも気がついていた。
ややあって、ウラヌスが口を開いた。
「攻撃したのは僕たちだけれど、僕たちではない」
ウラヌスの言葉に、はるかとみちるは共に怪訝な表情をしてから目を見合わせた。
「どういうことだ」
今度はネプチューンが口を開いた。
「攻撃したのは私たちだけれど、あなたたちが戦っていたのは、あなたたち自身の闇よ」
「でも君たちは打ち勝ったんだ。闇に」
「あなたたちは試されていたの。タリスマンに」
穏やかに淡々と語るウラヌスとネプチューンだったが、はるかとみちるは二人が言っていることを理解できなかった。
「何を言っているのか、さっぱり……」
はるかが口を開きかけると、ウラヌスが首を振った。
「もう君たちはここから出ていく必要がある」
「え?」
戸惑って聞き返そうとしたはるかとみちるに向けて、ウラヌスは腕を一振りした。その動きに合わせて、強い風が二人に向かって吹き付ける。二人は思わず腕で顔を覆った。視界が砂埃で遮られる。あっという間に二人は強い風の渦に飲み込まれた。
「大丈夫。夢はもう終わりよ。あなた達は闇に打ち勝ったから」
「剣と鏡は対だ。忘れるな」
轟々と吹き荒れる風の中、なぜかウラヌスとネプチューンの声だけは鮮明に二人に届いた。
「ま、待て!君たちは一体……」
かろうじてはるかが、ウラヌスたちに向けて叫んだ。
「僕たちは君たちの中に存在するウラヌスとネプチューンをベースにした存在だ。だけど、それに加えて君たちの心の中でイメージを肉付けをされた、新たな概念でもある」
「つまり、夢なのよ」
はるかとみちるの身体が風に乗ってふわりと浮き上がった。成すすべもないまま、二人は風に身体を持ち上げられる。
「わからない。どういうことなんだ」
「待って」
最後にはるかとみちるがそれぞれ発した言葉が彼女たちに届いていたのかどうか、二人にはわからなかった。少なくとも、それに対する返答を聞くことができないまま、二人はそのまま強い風に巻き込まれ上空に飛ばされる。
「うわああああっ」
「あああっ」
風に乗って空を舞うのは、不思議な気分だった。それはどこか懐かしい感覚もあった。特にはるかは、一瞬自分が風と一体になったような感覚を覚え、心地よさすらも感じていた。ずっと憧れていた風になることができた――そう思ったのだ。
高く上がってから目の前に一瞬青空が見えたかと思うと、今度は強い浮遊感を保ったまま、目の前の景色が目まぐるしく変化した。空、海、街中、森、山、色とりどりの世界……あらゆるものが視界に入り、すぐに流れていった。
そして、すべてが消えた。