はるかが目を開けると、日中見た夢と同様の暗い世界にいた。
――予想通り、か。
はるかは周りを見回した。もしかするとみちるも共に同じ夢の中にいるのではないか、と考えたのだが、人の気配はない。
「みちる」
試しに声を発してみたが、以前の夢と同様、その声は響かずに目の前で立ち消えた。
やがて、前回と同様にビルの向こうから大きな影が姿を現した。それはあっという間にはるかを包むドームへと変化し、辺りをすっぽりと覆う。
「くそっ、またか」
はるかは成すすべなくドームに囲まれてしまったことに舌打ちをする。息苦しさに襲われ、思わず胸元をぐっと掴んだ。前かがみになり、必死で呼吸を維持しようとする。
このままではまた何もできないまま終わってしまう――。
悔しさでぐっと奥歯を噛み締めて顔を上げると、そこに誰かが立っていることに気がついた。いつの間に現れたのだろう、とはるかは胸元を掴んだまま目を凝らす。周囲が影に覆われるまで、間違いなくその人影はなかったはずだ。
その人影は、日中見たときと同様、リボンのついたセーラー戦士を表す服装をしていた。はるかは必死で体勢を整え、そちらに向かって一歩、二歩と踏み出した。そしてようやくはっきりと視界に捉えることのできたその戦士が誰であるかわかり、思わず目を見開く。
――ネプチューン?
それは紛れもなく、自分のパートナーだった。深いグリーンの襟とスカート、柔らかく波打つエメラルドグリーンの髪。背を向けてはいるが、見まごうことはない。はるかは躓きそうになりながら、そちらへ向かおうとした。
すると、ネプチューンは半身をはるかに向け、振り返った。冷ややかな視線がはるかに届く。はるかが声を上げ名を呼ぼうとするその一瞬の間に、ネプチューンは元々見ていた方向に向き直り、立ち去ろうとした。
「ま、待て」
喉から絞り出すような声が発せられたが、ネプチューンには届かない。ネプチューンが駆け出すのを見て、はるかも思わずその姿を追いかけた。
ただでさえ息苦しいのに、そんな中を走るのはさすがのはるかにとっても苦行だった。走ることに関して、これほど苦痛で辛いと思ったのは初めてかもしれない。いつだってはるかは、走れば風になれるし身体は思いのままに動いた。
――ああ、でも。
ネプチューンの背を追いながら、はるかはふと、つまらないことを思い出していた。
走るのが苦痛で辛いと思うタイミングは、これまでにもあったじゃないか――。
それは、ある時期から月に一度だけ起こるようになった、痛みと怠さを伴う身体の変化によるもの。その時期だけ自分は風になれなかった。自分の身体もその現象も、ただただ忌々しく感じられた。
それは今感じている息苦しさとは程遠い、全く別の感覚だ。なのになぜか今この瞬間、ふとはるかの脳裏にその忌々しさが蘇った。
「……くっ」
口の端から小さな呻き声が生まれる。いつもであれば絶対に追いつけるはずのネプチューンの背中がまだ遠い。息苦しい空間も、風になれない自分も、つまらない記憶も、すべてが腹立たしく感じた。
ぜえぜえと息を乱しながら、はるかは追いつけないネプチューンの背中を延々と追い続けた。それは果てしないほどの長い時間に感じた。
しかし、状況は突如急転する。
前方でネプチューンが急に立ち止まるのが見えた。ぽっかりと開けた空間に、ネプチューンが佇んでいる、はるかは一瞬はっとしたが、スピードを緩めることなくネプチューンの背中に向かって走っていった。近づくにつれ、はるかはそこが見覚えのある場所であることに気づく。
――無限学園があった場所だ。
まさしくそこは、数ヶ月前に自分たちが苦戦を強いられた無限学園の跡地。そして、この街を去る前にうさぎや内部太陽系戦士たちと対峙した場所。あの日、明るい日差しの下で彼女たちと向き合ったその場所は、今は随分暗く重い雰囲気に包まれ、別の場所のようだった。
はるかはネプチューンに近づいた。ウェーブヘアが揺れ、ネプチューンがはるかを振り返る。