今日くらいは、敵も静かにしていてくれないかしら。
窓の外を眺めながら、そう思っていた。空が白く、雪が降りそうだ。いかにも寒そうで、普段だったら外に出るのが億劫に感じていたと思うが、今日は早く外に出たくてそわそわとしていた。
壁に目を移すと、残り一枚となったカレンダーがかかっている。十二月二十四日に小さく星印が書かれていた。
そう、今日ははるかとのデートの日。
ここ最近、一週間に一回くらいは敵と戦っていた。でも、今週はまだその日が来ていない。
律儀に毎週来なくたっていいのよ。あなたたちだってクリスマスなのだから、今週くらいはおやすみすればいいのに。
無駄だとはわかっているけれど、そうやってずっと見えない敵に向かって念じ続けていた。
はるかとは、学校にいても放課後でも休日でも一緒に行動することが多い。無限学園の調査のために移り住んだ今の自宅は、部屋こそ分けてはいるけれど、同じマンション内の部屋をそれぞれ借りている。互いの家を行き来することだってしょっちゅうだ。
……もちろん、夜になったら自分の家に帰るか、別々の布団で寝ているけれど。
今更クリスマスにデートの約束を取り付けたからと言って、特別なものではない。
はるかはそう思っているかもしれない。
でも、私にとって、「はるかとデートの約束ができた」というのは、とても大事なことなのだ。
私がずっとずっと憧れて、恋焦がれていた人。出会うよりずっと前から探し続け、求めていた人。
一緒に行動するのは当たり前になったけれど、それはあくまで「使命のため」。
だから、使命のことを抜きに二人で遊びに行く「デート」の約束は、何にも変えられない私にとっての特別な時間なのだ。
クローゼットからお気に入りのワンピースを出し、髪を結う。いつも学校ではダウンスタイルか、休日に会ったとしてもポニーテールだから、たまには編み込みなんてどうだろう。左サイドに流すようにゆったりと大きく編み込む。
今日はクリスマスだし、少しキラキラとしたメイクをしたい。光をまとって光る上品なラメをまぶたに乗せる。いつも派手なメイクは苦手で、ヴァイオリンのコンサートの時でさえ少し控えめにとメイクさんにお願いするけれど……今日は少しだけでいいから、気分を盛り上げたい。あとは……チークとリップも。
そうやってウキウキしながら鏡に向かっていたその時。
私は確かに感じた。慌てて窓の方を見る。
……風が騒いでいる。
……ああ。来てしまった。今日なのね……。
鏡の中の視線を戻したら、自分と目が合った。とても悲しそうな、泣いてしまいそうな顔をしている。
あと少しでメイクが終わり、約束の時間までソワソワしながら時計を眺め、「迎えに来たよ」というはるかのその一声を想像しながらドキドキするはずだったのに……。
「みちる。聞こえるか?」
机に置かれている時計型の通信機から、はるかの声がした。機械を通して聞くはるかの声は、先ほどまで想像していた温かく柔らかい声とは程遠かった。
悲しみと怒りで震えてしまいそうな声を抑え、応えた。
「ええ。すぐに行くわ」
通信機の横に置いてあったロッドも手にして、私は玄関へ向かおうとする。
その時、先ほどまで座っていたドレッサーにちらりと目を向ける。とっさにそこに置かれていたものを掴んでポケットに入れ、慌てて外に飛び出した。
それから数十秒後には、私は外に出たはるかと合流し、使命のために全速力で駆けていた。
本当だったら、こんなに頑張って走ったりなんかせず、はるかが運転する車でドライブしていたはずだった。今日は寒いから、風を受けてのドライブはできなかったかもしれないけれど、海沿いを走りたかったわ。たくさん車に乗せてもらったら、街中を一緒に歩きたかった。ちょっとおしゃれなカフェに行くのもいい。寒いから屋外だけでなく、プラネタリウムなんかに行くのもよかったかも。それから……。
走りながらそんなことを考えてしまい、私は慌ててかき消した。これから戦いに行くと言うのに、なんて馬鹿なことを考えているのだろう。
私より速く走れるはるかは、半歩だけ先を走っている。走っているからあまりよく見えないが、特にいつもと変わらない服装のように見える。
――浮かれていたのは自分だけだったのね。
そのことにも気づいて、余計に惨めな気持ちになった。はるかはさっき私と合流する時、いつもよりおしゃれした私のことなど気にも止めていないようだった。私を見るなり、すぐに駆け出してしまったもの。
でもそれは当然のこと。だって、私が使命に巻き込んだのだから。
そう。こうなったのは全て私自身のせいなのだ……。