右腕が、痛い。じんじんと痺れるような痛みが走り、額に汗が滲む。
腕を怪我してしまった。来週はコンサートだというのに……第一に考えるべきなのはそんなことじゃないのに、頭の中をぐるぐると考えが巡り、焦りで全身が冷える。
先程まで、はるかと私は敵と戦っていた。長丁場の戦いで双方すっかり疲弊して、敵を倒すまでにかなり時間を費やしてしまった。最後ははるかがとどめを刺そうとしたのだがあと一歩足りず、私がそれを庇う形で攻撃を受けたのだった。
それが功を奏して敵を倒すことができたけれど、はるかを守りきることはできず、怪我をさせてしまった。そして私も腕に深手を負ってしまう結果となったのだ。
はるかを庇って自分が怪我を負ったことには全く後悔はしていない。でも、思った以上の深い傷に気づいた瞬間、驚きと焦りが生まれ、全身がサーッと冷えていくのを感じた。
焦っているところを見られたくない、心配されたくない、その一心で「家まで送る」と言うはるかの申し出を断ってしまった。せっかくはるかが気を遣ってくれたのに……でも、この状況では仕方がない。はるか自身も早く帰って休むべきなのだ。そう自分に言い聞かせた。
車を呼ぶから、なんてはるかには言ったけれど、こんな早朝に、しかも怪我をした状態で車を呼んだら、さすがに普段私の行動に口出しをしないドライバーだって驚くに違いない。だから端から呼ぶ気などなかった。ポケットからタオルハンカチを取り出し、腕の傷を押さえてとぼとぼと歩き始める。
家までそれほど時間がかからず着くことができたのが不幸中の幸いだった。裏手の通用口から静かに家に入り、自室に戻る。
自室のソファに座り、腕に当て続けた淡いピンクのタオルハンカチをそっと外す。ハンカチはすっかり赤い血で染まってしまっていた。でも、おかげで血は止まっているようだ。傷を確かめ、そして指を曲げ伸ばしする。
……よかった。指も腕もきちんと動く。
それから鏡に映る姿も確認した。腕のやや内側についた傷は、舞台に立つと正面から少し見えてしまいそうだ。立ち位置を変えるか、傷が治らないうちは腕が隠れる衣装を用意した方がいいかもしれない。
あとは……弾いて確かめたい。
私は急いでシャワーを浴び、全身についた汗や汚れ、そして血を洗い流した。それから浴室を出てすぐに傷口を消毒して、ガーゼと包帯を巻く。戦士になるまで怪我の手当を自分でした事などなかった……そもそも怪我をするような行動をした事などあっただろうか。それが、最近は生傷が絶えず、皮肉なことに手当にも慣れてきてしまった。
自室に戻ってきて、さっと時計に目をやる。午前五時前。一晩中戦っていてほとんど寝ていないけれど、今から休むには中途半端だしゆっくり寝ていられる気分ではない。いずれにしても本来であれば起きてお稽古をする時間だ。
ケースに丁寧にしまわれていたヴァイオリンを手に取った。いつも通りに構え、そして、弦を数回鳴らす。
……大丈夫。いつも通りだわ。
目を閉じて、深く息を吸い込み、曲を奏で始めた。