「ふ〜疲れた」
シャワーを浴びて戻ってきたはるかが、リビングに戻ってきてソファに座った。肩にタオルをかけ、まだしっとりと濡れた髪がおでこにかかっている。
セーラー戦士として戦う日々が終わってから、本格的にモーターレースに復帰したはるか。体力づくりの一貫として、毎日のワークアウトも欠かさない。もともとバイクや車だけでなく陸上競技にも取り組んでいた彼女は、すんなりとそのルーチンを日常に取り入れた。
今日もいつも通り一時間ほどランニングを行い、シャワーを浴びて戻ってきたところだった。
「お疲れさま」
みちるが横に座る。
「今日は私がケアしましょうか?」
「お、いいね。頼むよ」
ヴァイオリニストとして活躍するみちるのために、はるかはヴァイオリンの練習やコンサートのあとに、こまめに彼女の腕や手のマッサージを施していた。その癒やしの時間はみちるにとって格別なものだった。
みちるからもこれまで何度かはるかにマッサージの提案をしていたが、たいてい「僕はいいんだ、休みなよ」と言われてしまうため、基本的にはみちるがマッサージを受ける側だった。
今日はみちるに控えていた大きなコンサートが終わり、久々にゆっくりと過ごせた休日だったので、はるかも遠慮しなかったのだろう。
はるかはソファにうつ伏せに横たわった。みちるはいつも自分がされる時と同じように、ケアオイルを手に取りはるかの足先に触れた。
はるかの足は、激しいスポーツをしているにも関わらずとても綺麗だった。彼女自身が手入れを欠かしていないのだろう。
親指を使って、足の指先、そして足裏に刺激を与える。みちるは決して力が強いとは言えないが、ポイントを押さえたマッサージをすれば、疲れた身体にも十分なケアをすることができる。
「……っ」
はるかから声にならないため息が漏れ出た。
「気持ちいい……」
足裏に繰り返される心地よい刺激に、はるかは眠ってしまいそうだった。
みちるはそのままふくらはぎ、そして太ももも同じように撫でていく。
ショートパンツを履いた足は程よく引き締まっていて無駄な肉はない。筋肉の流れに沿って丁寧に手のひらを押し込み、そして流す。優しく体重をかけて、疲れを押し流していく。
一度手についたオイルを拭い、今度は服の上から、お尻、腰回り、背中から肩にかけたラインを同様にマッサージした。バイクや車に乗るはるかにとって、足よりも重要な身体のパーツ。
みちるは愛おしむようにその一つ一つを揉み、指圧した。疲れがあり若干の強張りはあるが、刺激を与えると和らぐのがわかる。しなやかで良質な筋肉を持つはるかの身体。
――いつももっと私にケアさせてくれたっていいのに。
はるかの身体に触れながら、みちるは思っていた。バランスの取れた身体つきやスラリと伸びる手足、背は高いが適度に女性らしさも備えていて、みちるは思わず見入ってしまう。
うつ伏せになり、顔をやや左向きにして、はるかは目を閉じていた。一通りのマッサージを終えて手を止めたが、はるかは動こうとしなかった。寝てしまったらしい。
乾ききっていない髪がはるかの頬に乗っている。マッサージを受けながら意識が途切れたその顔は、薄っすらと口端が開き、未だ快楽の中にいるような安らかな表情だった。
風邪、引くわよ。そう言って起こしたい気持ちだったのだが、無邪気に寝る姿を見ると無闇に起こす気にはなれない。それに……。
みちるはソファに横たわったままのはるかの顔をもう少し眺めていたくて、はるかの顔の横にしゃがみこんだ。はるかの耳元に顔を近づけると、はるかの髪から自分と同じシャンプーの香りが漂う。自分にはこだわりがないから、とみちると同じシャンプーを使っているのだ。甘すぎない柔らかな香りが鼻孔をくすぐり、みちるはドキリとした。
いつも、あなたはこんな気持ちなのかしら……。
胸が鳴る音に気づいて、気づいたら勝手に身体が動いていた。みちるははるかの耳を優しく食む。淡く柔らかい金髪の隙間からちょこんと突き出た耳の先。
はるかが、ん……と眉を動かしたが、起きる様子はなかった。みちるははるかの髪を少し掻くように持ち上げ、耳の裏から首にかけてのラインをなぞる。そして白く美しい首元にキスを落とした。
はるかがぴくりと動き、うっすらと目を開けた。
「……みちる?」
寝ぼけたような声で愛する人の名前を呼びながら、はるかが顔を持ち上げる。目の前にみちるがいるのを、うっすらと開けた目で捉えた。
……と思った瞬間に、みちるによってその視界が塞がれた。
驚いて目を見開いたまま受け入れてしまった。しかし今、視界にはみちるがいっぱいに見えるだけである。そして口元には柔らかくて温かい感触。
優しく啄むようなそれに、はるかは思わず目を閉じる。みちるの吐息がふんわりとかかった。
「……どしたの?」
みちるが顔を離したので、はるかが尋ねた。まだピントが合わないくらいに近い距離にいる。部屋の明かりのせいで逆光気味だが、瞳を潤ませ、頬を赤く染めているのがわかる。
「どうもしないわ。ただ……ちょっと……」
みちるが躊躇いがちに呟く。はるかが次の言葉を待っていると、みちるははるかの首元に顔をうずめた。
「見ていたら……我慢できなくて」
みちるはその呟きとともに、今度ははるかの首筋を下から上に向かって舌でなぞった。
「……っぁ」
不意打ちを受け、はるかは思わず喘ぐ。慣れない刺激ににぞくぞくとした感覚が身体の中を駆け巡った。
もう一度、今度は鎖骨のラインを、みちるが同じようになぞる。
「……なに、をっ」
ため息のような声ではるかが呟いた。