パレスを出てすぐにはるかは立ち止まった。隣を歩いていたみちるも立ち止まり、振り返る。
「すまない。みちる」
何も言わずに謝ったはるかを見て、みちるは穏やかに微笑んだ。
「星野くんから、詳しく聞いたの?」
「いや。何も」
はるかの答えに、みちるは苦笑した。はるかが謝るので、てっきり星野からこれまでの経緯を聞いたのだと思ったのだ。
しかし落ち着いて考えてみると、星野が丁寧に説明をするほどはるかに親切心を働かせるはずはないだろう、とみちるは納得する。
「だけど、君に心配をかけたんだろうなということはわかる」
「そう……」
みちるは俯いた。
はるかがあまりに突然戻ってきたので、昨日の出来事は夢だったのではないかと思い始めた。あるいは一時的にはるか、もしくは自分のどちらかが錯乱状態にあって、なにか勘違いをしていたのではないか……とも。
しかしその思いは、はるかの言葉によって崩された。
「ウラヌスに呼ばれて目が覚めたんだ。お前のいるべき場所に戻れ……って」
はるかの言葉に、みちるははっと顔を上げた。
「ウラヌスが」
みちるが呟き、はるかはゆっくりと頷く。
「そう……ウラヌスが……」
みちるはそう繰り返した。
やはり夢でも勘違いでもなかった――みちるにとってはすでに遠い昔のように感じる昨夜の出来事を、ひとつひとつ思い出した。
帰宅してから自分に寄り添ってくれ、そして抱いてくれた彼女の存在。ウラヌスは確かに自分を愛し、慰めてくれた。
――だけど……たぶん、ウラヌスも気づいていたのね。
みちるの瞳から、涙が一粒、流れ落ちた。
ウラヌスには申し訳ないことをしたとみちるは思っていた。自分はウラヌスに、はるかがいないことの穴埋めをしてもらおうとしていたのだ。
だけど一方でみちるは、ウラヌスも自分を見ながら苦悩していたことに気がついていた。
昨晩の私たちは、共に愛する別の誰かを求めて慰めあっていただけなのだ……。
ウラヌスはわかっていた。みちるが自分ではなくはるかを見ていること。
自分もまた、みちるではなくネプチューンを求めていたこと。
わかっていたから、今後二人が共に生きることはお互いのために良くないと悟ったのだ。
はるかが星野と一緒にいたことを考えると、みちるにはウラヌスが下した決断と、はるかを戻した方法もだいたい見当がついた。おそらく、自らの魂を運命に委ねた決断だったのだろう。
みちるも火球皇女の力を一度見ただけで詳しく知っているわけではないが、魂を扱うことは簡単なことではないだろう、とは思っていた。それなりの覚悟を持って、この決断を下したに違いない。
星野はすべて理解して、あえて目覚めたはるかにも自分にも、詳しい説明はしなかったのだとみちるは考えていた。ウラヌスの決断を尊重するために――。
「星野くんには、感謝しないといけないわね……」
みちるがぼそりと呟くと、はるかは一瞬苦々しい表情を浮かべ「あいつに?」と呟いた。
しかしそのあと一瞬考えて、何かに気づいたような表情になった。
「ああ。そうだな……」
みちるが目を伏せ、黙って涙を流していると、はるかに肩を抱かれた。はるかの唇がゆっくりと降りてきて、まぶたに光るみちるの涙を掬い取る。その優しさに、みちるは昨晩ウラヌスが自分に向けてくれた慰めを思い出して、また涙をこぼした。
「みちる」
はるかが優しく囁いた。その声と瞳に、もうウラヌスの気配は感じられなかった。
「もう絶対に、どこにも行ったりしないから」
はるかはみちるに唇を押し付けた。
うん、と小さく息を漏らしながら、みちるははるかの手に自らの手を絡めた。
絡められた指の間で、二人の薬指の指輪が、朝陽を浴びてきらりと煌めいていた――。