みちるは言葉少なに僕を別荘に招き入れた。僕はみちるに従い、黙ったまま中に入る。
こぢんまりとした小さな別荘だった。必要最低限の物しか置かれておらず、部屋もべッドルームと、小さめのリビング兼ダイニングルームが一つずつあるのみだ。海王家が持つ別荘なのであれば、言い方は悪いが最低レベルかもしれない。
生活に必要なものはほとんど置かれていないのに、リビングにはピアノが置かれていた。コンパクトなサイズではあったがきちんとしたグランドピアノを置いてあるとは、さすがみちるの住む場所――そう表現するのが適切なのかはわからなかったが――、と感心してしまう。
リビングの窓は、先程みちるが立っていたバルコニーに続いていた。夕陽が先ほど車を停めた岬付近に沈み、空と海の境界線を朱く染めている。
僕は黙ってみちるの肩を抱いたまま、しばらくそうしてそこで夕陽が沈むのを眺めていた。
「何も……聞かないのね」
僕ははっとしてみちるの顔を見た。微笑んでいるのに、どこかもの悲しく、憂いを帯びた蒼い瞳がこちらを見つめている。その瞳を見ていたら、胸がぐっと詰まった。
――僕は決して幻想を見ていたわけではなかった。
口を開けば、言いたいことがたくさんあった。もし今堰を外せば、きっと僕の中からは抑えきれない気持ちが止めどなく、溢れる水のように流れてくるに違いない。僕の中でさまざまな想いが熱く渦巻いているのを感じていた。それらをぐっと飲み込んで、呟く。
「みちるに会えただけで、いいんだ」
今僕たちに必要なものは、質問でも、説明の言葉でもない。ただただ、みちるの傍にいてみちるの体温を感じていたい。その手で僕に触れて欲しい。それだけだ。
僕はみちるの瞳を見つめながら顔を近づけた。みちるが受け入れるように目を閉じたのを見て、ゆっくりと口付ける。
触れ合うその感覚はやはり、紛れもなく彼女のものだった。
みちるの手が、そっと僕の頬に添えられた。僕はみちるの背中に手を回し、強く抱きながら口付ける。
その唇から伝わる体温も、舌でなぞる口内も、優しく頬に触れられた手も、僕の手が這う背中も……全て僕が探していたみちるそのもので、触れ合うたびに僕は安堵し、全身で喜んだ。
そして一度掴んだらもう絶対に離したくないという想いが溢れ、僕を駆り立てる。
唇を離すと、柔らかい果実の表面のように上気した、艶やかな頬が見えた。潤んだ蒼い瞳は再び僕を見つめている。
それを見たら、もう僕は自分を止めることができないと思った。
視線を送ると、みちるはこくり、と頷く。
みちるは自ら先に立ってベッドルームに招き入れてくれた。そこもやはり簡素なベッドが置かれているのみのシンプルな部屋だった。今まで暮らしてきた家で使っていたベッドより少し小さい――だけど一人で寝るには少々大きめの――ベッドに腰掛ける。
本当は、少しだけ怖かった。みちるが僕を拒絶したらどうしよう、と。
もしみちるが自分の意思で消えたのだったら。
例えみちるの意思ではなかったとしても、僕に言えない事情を抱えて消えたのだったら。
本当は追いかけて来ないで欲しかったのだったら。
僕はみちるを強く信じて探したけれど、みちるは僕に探してほしくない。その可能性もゼロではなかった。だからその可能性を突きつけられることが怖くて、みちるを抱くことに少し躊躇いがあった。
だけどみちるは、僕を受け入れようとしている。
今みちるは目の前で頬を赤らめ、潤んだ瞳で僕を見つめている。僕が、彼女の着ているワンピースのチャックをゆっくり下ろす間に、彼女も僕のシャツのボタンをひとつずつ外してくれた。
僕がみちるを求めるのと同様に、みちるも僕を求めてくれている。
ベッドの縁に座ったまま、僕はもう一度みちるに口付けた。何度口付けてもその感覚が嘘ではないことが嬉しくて、いつもよりもつい熱くなってしまう。接合部から漏れる音も今日は妙にリアルに聞こえた。
唇を離すと、僕らの間を銀糸が繋いだ。僕はみちるをベッドに沈める。
夕陽が沈み、明かりも点けないまま入った部屋は薄暗かった。
僕はベッドサイドに手を伸ばし、明かりを点けた。部屋全体を照らすほど眩しいものではなかったが、みちるの白い身体のラインを浮かび上がらせ、みちるは少し目を細める。
「恥ずかしいわ」
恥じらって上目遣いで囁くみちるを前に、僕の理性は早くも彼方へ飛んでいきそうだった。
「今は、みちるのことをずっと見ていたいんだ」
僕の瞳に、記憶に、その姿を焼き付けさせてくれないか。
今度は絶対に忘れてしまわぬように。
口にはしなかったけれど、そう思いながら、僕はみちるの首に噛み付くようにキスをした。
「……あっ…ん」
みちるの熱っぽい声が耳元に響いた。紛れもなく、いつもの美しいみちるの声。僕は胸を高鳴らせた。首と鎖骨のラインに舌を這わせてから、みちるのつるりとした美しい肌に、ちくりと赤い印をつける。
「……んっ」
その瞬間にみちるが少しだけ顔を顰め、小さな痛みを伴ったことに気づく。やや性急に、みちるの肌着を取り去って、豊かなバストを鷲掴むように触れた。ボタンを外して引っ掛けるように着ていただけの僕のシャツも取り去り、みちると肌を触れ合わせる。
「ごめん、みちる」
焦りに似た何かに突き動かされながら、僕は呟いた。
「今日の僕はちょっと、余裕がないみたいだ」
僕はみちるの唇のふっくらとしたラインを指で撫でた。果汁をたっぷり湛えた果実のように、柔らかく瑞々しい。
みちるは僕の詫びには応えなかったが、代わりにその唇の隙間からちろりと舌を出し、僕がなぞるその指に触れた。一瞬、指の腹を舌でなぞったかと思うと、そのまま僕の中指を口内に引き入れる。
温かな口内に指が入り、しっとりと柔らかい舌が僕の指に絡み付いた。顔が一気に熱くなるのを感じる。指先から腕を伝って、背中のラインへ一気に電流が走るようにゾクゾクとした快感が駆け抜けた。
「ああ……」
僕は思わず、声にならないため息を漏らした。
僕の指を口に入れて舐めるその顔が、堪らなく妖艶で美しく、目が離せない。本当は僕もみちるのあちらこちらに触れて確かめたいという気持ちで溢れているのに。視覚と指先の両方から僕は攻め立てられているようだった。
僕はみちるから視線を外せないまま、辛うじて空いていた左手の指先で、みちるの豊かな双丘の先端を摘み、弄んだ。みちるは僕の指を咥えたまま、うっすらと顔を歪める。刺激を受けながらも僕の指を受け入れ、清めるように丁寧に先端から根本まで舐め上げる表情に、僕の気持ちは翻弄された。
名残惜しむようにみちるの表情から視線を外し、僕は指で摘んでいた胸の先の蕾に舌で触れた。ちろちろと舌先で優しく撫でてから、一気に口に含んで吸い上げる。みちるの肌が粟立ち、口元が緩んだのが指先の感覚でわかった。熱い吐息を漏らし、みちるが僕の愛撫を受け入れている。
それでもみちるは僕の指先を咥えて離さず、僕は右手の指をそのままに、みちるに吸い付いていた。
――みちるがどうしていなくなったのかなんて、もうどうでもいい。
僕にギリギリ残っていた理性の最後の一欠片が、そう呟いてから消えた。