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Twilight Moon
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Twilight Moon

影

 陽が傾いてきて、木の影がだんだん長くなってくるのを見ながら、みちるは制服の胸元を上からぎゅっと掴んだ。そうしないと心臓の鼓動に負けて、身体が崩れてしまいそうだった。

 足が震えている。思わず足元を見てしまった。寒さのせい……ではなさそうだ。

 

 ――こんなに緊張したこと、今までにあったかしら。

 みちるは思い返した。おそらくなかっただろう。ヴァイオリンのコンサートで人前に立つ時も、水泳の大会に出る時も、絵画のコンクールの授賞式だって。

 ――だって、いつも何も考えなくても身体が動くくらいに練習していたもの……。


 ほぅっ、と息を吐くと、白く霞んだ吐息が空中に放たれた。口から心臓が出そう、とはよく言ったものだなと、妙に感心してしまう。まさしく今みちるは、その表現をしたくなるほどの感覚に苛まれており、震える吐息が口から出た瞬間、思わず両手を口に当ててしまった。


 門から出てくる生徒はだいぶ減ってきた。今の時期は陽が落ちるのも早いから、部活動もあまり長時間やらないのだろう。たまに同じ部活動の仲間同士と思われる生徒がまとまって出てくるが、その集団が過ぎると、途端に正門前は静かになる。


「お待たせ」

 頭上から降ってきた声にどきりとして慌てて見上げると、はるかが立っていた。部活動のジャージ姿にリュック。それから今日は手にトートバッグも下げていた。みちると一緒に帰宅するようになってから、一貫して変わらない服装だ。

 みちるはあたかもそれほど待ってはいないといったように表情を取り繕い、はるかに微笑みかけた。

「お疲れ様」

「寒かっただろ。持つよ」

 はるかはみちるの手から鞄を取り、ひょいと肩にかけた。みちるは慌ててそれを取り返そうとする。

「いいわよ、鞄くらい」

「遠慮するなって。みちる、ヴァイオリンも持ってるんだから」

 はるかが微笑んで、行こう、と視線で促す。みちるは困ったように眉を曲げてから、所在無げに空いた手を下ろし、はるかの横に並んで歩き始めた。

 


 はるかが戦士として覚醒して数ヶ月。二人は放課後、よく一緒に過ごすようになっていた。最初のうちは敵が出現してから互いに連絡を取り合って合流していたのだが、それを繰り返すうちに二人は自然な流れで放課後や休日を共に過ごすようになったのだった。


「はるかは高校生になっても、部活、続けるの?」

 鞄を肩に担いで歩いているはるかに、みちるが声をかけた。

「うーん……」

 はるかがのんびりとした返事を返す。

「受験がないからなんとなく部活に出てるけど、続けない、かなぁ」

 遠くを見つめながら答えるはるかに、みちるはそう、と頷いた。

「そもそも今だって、制服を着たくないから部活に出て部活のジャージで帰ってるようなもんなんだぜ」

 はるかはみちるにちらりと視線を向けてニヤッと笑う。みちるもそれを見てくすっと笑った。


 はるかもみちるも、今通っている私立中学校に付属した高校にそのまま進学する予定だった。はるかが現在通っているのは文武両道で著名人が数多く卒業した名門私立中学、みちるが通うのは美術や音楽などの芸術コースもある、こちらも名門私立の女子中学校だ。

 

「やりたいことが、あるんだよね」

 歩きながら、はるかは呟いた。

「何?」

「モーターレース」

 そう答えてみちるの方を向く眼差しは、まるで少年のように輝いている。みちるはその眼差しに眩しさを感じた。

「バイクのね。気持ちいいんだ。速くてかっこよくてさ」


 バイクや車について語るはるかを見ると、みちるはいつも胸をぎゅっと掴まれるような苦しさを感じていた。

 

 今日も、そうだ。

 

 でもその理由は分からず、大抵みちるは目を逸らしてしまう。

「素敵ね。私も早くはるかのバイクか車に乗せてもらいたいわ」

 誤魔化すように口にして思わず出てしまった言葉に、みちる自身が驚いた。あ、と開けてしまった口を、慌てて軽く手で押さえる。

「高校生になったら、いくらでも」

 そう言ったはるかをちらりと見ると、はるかはそれほど気にしていないような表情で前を向いて歩いていた。みちるはほっとしながら、何事も無かったかのように口に当てていた手を下ろした。

 

「あの……はるか、鞄」

「ん?」

「やっぱり、持つわ」

 みちるははるかに向かって手を差し出した。はるかは立ち止まり、みちるの方を向いた。

「こんな重いの、ヴァイオリニストに持たせられるわけないだろ」

 はるかは眉を顰めてそう言った。そしてまたさっさと歩き出してしまう。

「はるかだって」

 みちるは言いながら、慌ててその背中を追う。

「今日はいつもより荷物が多いじゃない」

 みちるがそう言うと、はるかはぴたりと足を止めた。みちるを振り返ってやや困ったように眉を顰め、それから遠くに目を逸らし、また前を向く。

「これは……いいんだ。軽いから」

 はるかは呟くように言って、また歩き始めてしまう。


 はるかの様子を訝しんだみちるは、半歩先を歩くはるかのトートバッグに後ろから触れた。やや薄手のトートバッグは、上から触れるとカサッ、とビニールか紙が触れ合うような音がした。そのまま手を滑らせると、箱状の物がいくつかみちるの手に当たる。

「これ……」

 みちるが思わず呟くと、はるかが気づいてみちるを振り返る。みちるの様子を見て、はるかが気まずそうに頬を掻いた。

「……ああ。これ、ね」

 はるかは観念したようにトートバッグを肩から下ろし、開いて中を見せた。中には、ぎっしりとチョコやクッキー、ピンク色やハート型の箱に入ったお菓子が詰め込まれていた。

 みちるの顔がすっと強ばる。

「いや。僕が毎年直接受け取るのを避けていたら、あいつら下駄箱とかロッカーに入れるようになって」

「毎年?」

 みちるがちらりとはるかの顔を見上げる。はるかはその顔にどきりとした。しどろもどろになって、答える。

「あ、まあ。うん。中学に入ってから、かな」

「ふーん」

 みちるは俯いたままトートバッグの中身を見ていて、はるかからは表情を窺うことができない。


 はるかは慌てて取り繕ったように言う。

「僕こういうの直接渡されて告白されるのとか、苦手だし。それで逃げてたらこうなっちゃってさ」

 ほら、もういいだろ、とはるかがみちるからトートバッグを受け取ろうとする。

 しかしみちるははるかの手にトートバッグを渡すことはなかった。トートバッグはするりとみちるの手を離れ、地面に落ちる。中からラッピングされたお菓子がいくつか散らばった。

「そう、よね」

 みちるは呟いた。

「みちる?」

 はるかが慌てて声をかけるが、みちるは俯いたままだった。そして大きくため息をつく。

「ごめんなさい。私、今日は一人で帰ることにするわ」

 みちるは早口でそう告げた。

「え?」

 はるかが止めるまもなく、みちるは小走りでその場を去った。


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