――誰かが、こちらを見ている。
瞼が重かった。一度目を閉じて、ゆっくりと寝返りを打って仰向けになった。それからまた目を開ける。まだ見慣れないけれど、見たことのある天井。これは新居のベッドルームだ。窓からの光のおかげで部屋は薄明るくなっていたが、まだ日差しが入ってくるほどではなかった。夜明け前後の時間帯だろうか。
視界の端で何か動くものを捉えてはっと起き上がろうとすると、はるかが目の前に現れた。驚いて目を見開く。
「……はるか? 怪我は……」
そう言って、慌てて身体を起こそうとする私を制するかのように、はるかはそっと手を前に出した。私ははるかの示すとおり、ゆっくりと上半身を起こす。
その間にはるかは私のいるベッドの端に腰掛け、上に着ていたTシャツの裾をまくりあげ、上に向かって脱いだ。下着すらも身につけていないはるかの身体が露わになり、私は思わずすっと息を呑む。
はるかは私に背を向けてみせた。
「寝たら、少しは良くなったかな」
そう言って見せた背中は、確かに昨日よりは多少傷が良くなったように見える。しかし、深い傷跡は背中にくっきりと残っており、痛々しい。はるかが下着も付けずにTシャツ一枚でいたのは、おそらく下着が当たるラインに深く傷が残っていたからだろう。
連れて帰った直後はどうにかしなければと必死な思いで手当をしたけれど、今改めて見ると直視するのが辛くなるほどの怪我だった。
私はおずおずと両手を伸ばし、その背中に触れた。傷口には触れなかったが、はるかがびくっと身体を揺らす。
「あ……ごめんなさい。痛かったかしら」
慌てて尋ねると、はるかは前を向いたまま首だけを振って答えた。
「いや、そうじゃなくて。ちょっとびっくりしただけ」
そう言ってから、はるかは俯いた。蜂蜜色の柔らかな髪の隙間から、赤く染る耳が突き出している。
その場にふさわしい感情ではなかったかもしれないが、その耳が見えた瞬間に私は、なぜだか妙にはるかが愛おしくなってしまった。同時に、昨夜彼女が自らの身を持って私を守ってくれたことを思い出す。愛おしさと、どうしようもない悲しさ。その二つがせめぎ合って、私の胸をぐっと押す。
思わず私は、はるかの首に腕を回した。傷跡には触れないようにしながら、優しくはるかの背中に身を寄せる。
「み、みちる?」
「こんな、無茶をして……」
晒されたはるかの肩に、額をくっつける。温かくて、しっとりとした肌が触れ合った。途端に、私の頭の中にはるかと触れ合ったあの日の記憶が蘇り、心臓の鼓動が跳ね上がる。
あれほど一人ではるかのことを考えて悩んでいたというのに、そのはるかを軽率に抱きしめるなんて、私はいったいどうしたというのだろう。心の隅で少しだけ、そんなことも思った。
だけど、だからと言って今の自分の行動を止めるつもりはなかった。今ははるかに身を寄せたい、はるかを抱き締めたいという気持ちでいっぱいだった。自分を守ってくれたはるかにこんなに大きな傷跡を残してしまったことを考えると、言葉にできない感情で胸がいっぱいになって、ただこうすることしかできない、そんな気持ちだった。
私はしばらくそのまま、はるかの背中にくっついていた。 静かな部屋で、自分の鼓動と呼吸の音だけが響いているような気がしていた。はるかの身体は温かくて、触れ合う部分はじんわりと何かが浸透していくような心地がする。私は目を閉じて、はるかの肌の感覚をじっと感じ続けていた。
「みちる……」
しばらくしてはるかに名を呼ばれた。私は顔を上げる。
「はるか」
はるかは少し首を曲げて、こちらを振り返ろうとする。が、躊躇ったように視線を戻した。それから、言った。
「いや。あの。こんなことされると、すごいまずい気がする……」
「え?」
はるかの発言に驚き、私はぱっと身体を離した。顔が熱い。はるかを怒らせてしまったのかと思い、様子を窺うように覗き込む。
「あの……」
はるかはこちらを向いた。予想に反して、はるかは顔を赤く染め、戸惑ったような顔をしている。それから、右手を額に当て、前髪をくしゃっと掻く。
「だめだ……ごめん」
はるかは呟いた。
「ずっと我慢してたけど、やっぱりだめだ」
だめ、という言葉を繰り返すはるかに、その意図を尋ねようとした時――。
ベッド端に座っていたはるかがベッドに乗るようにこちらに身体を向け、手を伸ばした。と、思った瞬間に、その手は私の肩を掴み、そのまま私ははるかの胸に飛び込むように抱かれる。
一瞬の出来事だった。驚いて声も出せず、私はそのままはるかの腕に包まれていた。私の頬に、はるかの素肌が接している。心臓が痛いくらいにドキドキと鳴っていて、私の聴覚は自分自身が発するその音で支配されてしまいそうだった。聞こえてくる音で先程までと違うのは、鼓動の音に混じって私の少し上からはるかの息遣いも聞こえること。
「はるか……」
何を言ったらいいかわからなくて、名前を呼んでみる。
「みちるが、好きだ」
返ってきた言葉は、口調も内容もまっすぐで、すっと私の中に入ってきた。私はゆっくりと首を動かして頷く。
「好きで、触れたくて。でも、気持ちが溢れてしまいそうで……僕は今度こそ、君を傷つけてしまうんじゃないかって。ずっと怖かった」
はるかの声は少し震えて聞こえた。それを一言も聞き逃すまいと、私は自分の息を殺してじっと聞いていた。
「うまく言えないけど、みちるのことを考えていると、僕が僕じゃなくなるみたいなんだ。これがまるで僕とは違う意思を持っているんじゃないかって。そう思うことがある」
はるかの言わんとすることは、想像することしかできないが、なんとなく伝わってきてはいた。自分だって、もしもある時突然身体の一部が変化したら。そしてそれが、自分の意思とは異なる動きをしようとしたら。
驚き、戸惑い、そして不安に思うだろう。
「それから、使命のこともある……僕たちは恋だ愛だって、うつつを抜かしている場合じゃないんだって」
続けられたはるかの言葉に、私は現実に引き戻されるような重さを感じた。静かに頷く。
「だから僕は、なるべくみちるのことを意識しないようにして過ごしていた」
はるかは、私を抱いていた腕を緩めた。私はゆっくりと顔を上げてみる。はるかと視線がぶつかった。その顔は泣いているわけではないのに、切なくて、悲しくて、見ていたら涙が出てきそうだった。思わず自分も眉が下がっていくのを感じた。
「怖かったんだ」
私は首を振った。それから、もう一度はるかの胸に自分の頬を押し付ける。
「ごめんなさい。私……はるかのことを、信じられてなかった」
目元が熱くなる。
「私も、怖かったの。はるかに嫌われてしまったんじゃないかって」
はるかの頭が私の上で、動いた。首を振っているようだ。それから手で、私の頭を撫でた。
「まさか」
はるかの声に、安堵する。胸につかえていた重い塊が、すっと下に落ちていくような気持ちだった。
「僕は、みちるが、好きだ」
はるかは一言一言、丁寧にそう言った。そして、ゆっくりと私の頬に手を添える。はるかの指先が顎に触れ、くいと持ち上げられるのに従って、顔を上げた。
はるかの潤んだ瞳と目があった。深い蒼碧の色がとても綺麗だった。見つめていたら、吸い込まれそう――そう思っていたら、その瞳はゆっくりと近づいてきて、閉じられた。はるかの唇が私の唇に触れる。
温かくて、柔らかい感触が伝わってきた。はるかの手が私の頭を撫でるように滑る。私ははるかの胸元で縮こまっていた自分の手を、はるかの背中に手を回そうとした。手を伸ばしかけたところで傷跡に触れてしまうおそれを思い出し、進路を変えて首の後ろに回す。軽く身体を寄せる形になり、はるかの唇はより私に密着した。
熱い吐息が口の端から漏れ、そのたびにその隙間を埋めるように角度を変えてキスをする。浮いたり離れたりするその動きが少し色っぽくて、収まりかけていた心臓の鼓動がまた早く打ち鳴らされるのを感じた。
はるかは私から唇を離した。ゆっくりと目を開けてみる。はるかは躊躇うような表情をしていた。その瞳は私に何かを訴えかけているようにも見えたし、はるか自身に何かを問いかけているようにも見えた。
私自身、迷っていた。はるかが私を傷つける……などということはまるで心配していなかったが、まだ私も、はるかの前で豹変してしまったあの日の自分を受け入れきれていなかった。はるかと感じ方は違うだろうけど、私もあの日は、自分が自分ではなくなるような感覚に苛まれ、それを晒したことを恥ずかしく感じていたのだ。
何より、お互いの共通認識――私達は恋愛をするためではなく、使命のために出会ったのだということ――そのことが、私たちを躊躇わせる一番の理由であることは、よくわかっていた。
お互いに躊躇い、しばしの間考え込んだあと、私の方から顔を上げて言った。
「信じてるわ、はるかのこと」
これが私の答えよ――。
使命とか、普通と違うこととか……受け入れ難いことはたくさんあるかもしれないけれど。私はいま目の前にいるはるかを信じたいと思っている。
私ははるかのことを、使命や性別を理由にして好きになったわけではないから――。
はるかは私を見つめていた。ややあって、はるかはそうか、と頷き、そして微笑んだ。
「僕も、みちるを信じるよ」
私もはるかに微笑んで見せた。
私たちの唇はまた繋がった。お互いの意思を確認したあとの口づけは、少し勢いがついて熱っぽかった。はるかに抱きしめられ、私は再びはるかに腕を回す。私の身体がぎゅっとはるかに押し付けられたかと思うと、はるかは私を抱えたまま、ベッドに沈み込んだ。
ベッドに転がってもなお、私たちの唇は離れずにいた。倒れた勢いでゆるんだ唇の隙間に、はるかの舌が入ってくる。なめらかなその動きにまだ慣れられず、必死で息継ぎをした。これで合っているか、とか、はるかのことを気にするとか、そういったことを考える余裕は持ち合わせていなかった。
だけど、ただただ、はるかと繋がっていることが、こんなにもドキドキして嬉しいものなのだと感じていた。
私はずっとはるかを求めていた。はるかとこうやって繋がりたかった――。
傷に触れないよう、はるかの肩を手で撫でた。つるりとして美しく、なめらかな肌だ。愛おしさで、胸がぎゅっと詰まった。
口内を探るはるかの舌が中をひと撫でしたかと思うと、ゆっくりと私の口から出てきた。どちらのものとも区別がつかない唾液が、はるかの口端で光っている。
「ひゃうっ」
突如、はるかの顔が角度を変えて視界から消えた。次の瞬間にはるかの指が私の髪を掻き、舌が耳を撫でていた。突然のことに驚いて、声が漏れてしまう。恥ずかしさで顔が火照った。はるかは構わず、私の耳の中に侵入してきた。はるかが這う音が、ダイレクトに聴覚を刺激する。全身に粟立つような震えが走った。
「はるかっ……!」
咎めるように声をかけてみたけれど、はるかがやめる気配はなかった。耳を丁寧に舐められ、這っていた舌は首に降りてくる。
「あっ、はん、やめ、て、はる……」
みるみるうちに自分の声が力を失うのがわかった。何かに縋りたくて、私の肩の傍に立てられたはるかの腕に自分の手を絡める。そんなことをしたところで、全身を駆け抜けていく奇妙な感覚が収まるわけではないのに。
反対側の耳も侵食され、柔らかく食まれた。ギュッと目をつむり、手には力が入ってしまう。
「はん、んっ、ああっ」
忙しく動く舌に、休む間も与えられずに翻弄され続けた。すでに身体の中心が熱くなっていることに気づき、そのことが私をより恥ずかしくさせる要因となる。なぜだかはるかには気づかれてはいけない気がして、はるかの見えないところで脚を捩る。ごまかすかのように私は片手をはるかの頭に添え、髪を梳くように掻いた。
私が握っていた手が離れたからだろうか、はるかが私の胸元に手を伸ばした。昨日戦いに出る前に着ていて、着替える余裕もないままに寝てしまい、そのままだったボタンダウンのシャツ。片手で器用にボタンが外されていく。ボタンを下まで外したところでようやく私の首周りは解放され、はるかと目が合う。はるかに散々責め立てられて軽く息が上がり、私は大きく息をついた。
顔を上げたはるかは、先程までの切なげな表情から一転して、やや挑戦的とも取れる鋭い目線に変化していた。その視線にまた、私はドキリとする。
「ごめ……ちょっとスイッチ入っちゃったかも」
「え?」
私が戸惑っていると、はだけた胸元にはるかの手が置かれた。やや乱暴にも感じられる手付きで下着を押し上げるように捲り、はるかはすぐさまそこに吸い付く。
「あっ、やっ、待ってはる……ああっ!」
一瞬の出来事に、私は思わず身を捩った。生温かく柔らかい舌が、乳房の上を這う。先端を擦られると、身体の奥底が熱く震えた。何度も身悶えするが、はるかに両手首を掴まれて押さえられ、逃げ出せなくなっていた。
「ん、う、あっ、んっ」
細かいストロークで行ったり来たりする舌が、私の尖った部分を刺激し続けた。かと思うと、はるかは掴んでいた私の腕を、器用に左右まとめて片腕で押さえて、空いた手をもう片方の乳房に伸ばした。そちらも下着を捲られ、指で先端を摘みあげられる。
「ああっ、ん、あんっ」
私は喉を反らし、掠れた高い声を上げていた。繰り返される刺激で、涙が零れそうになる。身体の内側からくる衝動のようなものを抑えられなかった。ドキドキする、とか、ゾクゾクする、とか、ぴったりくる形容詞が見つからない……だけど、ただ身体の芯が熱くて、言い知れない何かが身体中を駆け巡って、全身ではるかに反応する。
あれほど、私が私でなくなる感覚が恥ずかしくて受け入れられなかったのに、また私ははるかに晒してしまっている。はるかは夢中で私の身体に吸い付いているように見えた。私から見るその姿は時折、餌を与えられた肉食獣のようにも見える。
自分が自分でなくなるのは、お互い様なのかもしれない。
はるかの舌は、とても器用に私の乳房の先端を転がしていた。強弱をつけ撫でられたかと思えば、強く引っ張られるように吸われる。
「はぁ、あん、ああっ、んっ」
リズミカルにやってくる刺激が、私の頭をぼーっと霞ませ、上ずった声を上げさせる。
はるかはまだ胸元に舌を残したまま、片手をスカートの中に入れ、私の中心に伸ばした。触れられてしまうのだと思った瞬間、私は思わず脚を閉じてしまった。はるかは中心にたどり着く前に手を止める。乳房に埋めていた顔を少しだけ上げた。肉食獣のように見えながら、時折こちらに向けてくれる視線は優しい。
はるかが止めた手は、つと私の太もものラインを撫でた。擽ったさでまた、私は腰を浮かせる。太ももからお腹、それからもう一度太ももへ。優しく上品な手付きが、私の身体を這い回る。自然な手付きのままスカートも脱がされていた。
「大丈夫……」
先程まで私の胸元にいたはるかが、顔を私に寄せて呟いた。はるかの低めの声が耳を撫でる。
ずっと掴まれていた手が解放されたので、私ははるかの顔に手を伸ばした。頬を撫でるように触れると、はるかは私に微笑み、キスをしてくれた。先程まで散々私の胸元を這った舌が、今度はまた口内を柔らかく歩き回る。
「んっ……」
はるかの手が私の太ももの隙間に差し込まれるのを感じた。はるかの指が、ショーツの上から中心を確かめるように触れられる。自分でもそこがすごく熱くなっているのはわかった。はるかが私から唇を離し、甘く囁いた。
「みちる、すごい……濡れてる」
「ん、やだ、はるか……」
薄らと開けた目から見えるはるかは、享楽的で色っぽく、私をどきりとさせた。はるかに自分の姿を見られるのは恥ずかしいと思っているのに、はるかが自分の身体に触れ、喜んでいる姿が少し嬉しかった。相反する感情に戸惑う。
はるかの指はショーツの隙間から中に入り込み、ノックするように突いてきた。それから表面を撫でるように動かす。突起部分を擦られたときに、ひときわ強い刺激を感じて、脚がびくりと動いた。
「んんっ……」
はるかは私の反応を見て、執拗にそこを撫で始めた。身体に震えが走る。
「ああっ、やっ、だめ、はるかっ、ああ……んっ、あん、ああっ」
まだ表面に触れられているだけなのに、ここまで強い刺激を受けるとは思わず、驚いていた。それは自分ではるかのことを考えて触れていたときには知らなかった刺激だし、はるかに触れられるからこそ反応しているのかもしれない。脚ががくがくと震えるのが自分でもよくわかって、恥ずかしかった。
私の手は空を切ってから、すがるようにシーツを掴もうとした。しかし、マットレスにぴんと張られた真新しいつるりとしたシーツは私の手には収まってくれず、シーツの上を掻くように手が泳いだだけだった。
何度かその刺激を受けたあと、はるかがショーツに入れていた指を出してこちらに向けた。指に何かがまとわりついて光るのが私からも見える。
「見て、みちる……」
「や……よ……」
意地の悪い視線と優しい視線を巧みに操り、はるかは私を刺激する。私は思わず首を振った。
一体どうしてはるかは、私をこうやって弄ぶようなことができるのだろうか。先程まで私を傷つけないようにと怯えすらを見せていたのに、今は私の身体を存分に楽しんでいるようにしか見えない。だけど一方で、私自身もそんなはるかの視線に舐られ、掻き乱されるのをどこか喜んでいる。鋭い視線も優しい視線も、今はどちらも私を発熱させる要因にしかならない。
はるかは無意味になったのであろうショーツを下方へずらした。身につけていたものをすべて取られた下腹部は、どことなくすっとして心許ない。おまけに、はるかが私の両膝を立てて脚の間にすっぽりと入り込んできた。どこにも逃げ場のない気持ちになる。
そしてついに、そこにはるかの指が侵入してこようとする。
様子を窺うように指が触れたあと、ぬるりとしたそこに、はるかの指がゆっくりと入ってきた。浅めのところを探るように動いたあと、ゆるゆると奥まで入ってくるのを感じる。
「はぁっん……」
前回挿れられたときよりも、少しはすんなりと入ってきたような気がした。未だ違和感も強いが、自分で触れるのではなくはるかの指を受け入れているという事実が嬉しく、どこか期待感を持ってしまっている自分もいる。
はるかは私の中に指を挿れたまま、もう片方の手で私の髪を撫で、そっと口づけを落とす。
今のはるかの目は、優しくて愛おしむような視線――。
「みちるの中、あったかいな」
はるかはそう囁いたあと、ゆっくりと指を出し挿れし始めた。
はるかの指が、ぬめりの中を動いている感覚がよくわかった。長い指は、私の中の壁を擦りながら出入りする。はるかはこちらを見ながら、その動きを繰り返していた。まるで私の反応を確認するかのように。私は熱っぽい息を吐きながら、はるかの指の動きに集中していた。
私がはるかの指を受け入れられていることがわかったからだろうか、はるかは少しだけ口角をあげ、その動きを早めた。くちゃっと粘着質な音が耳に届く。
「あっ、はあっ、んあっ、あっ」
はるかの指は、私の中の奥にある柔らかい場所を的確に突いているようだった。顔が熱くなり、思わず腕で目元を覆う。しかしはるかがすぐさまその腕をよけて、手を絡めてきた。
「みちるの顔、見たい」
「んっ、でもっ……ああっ」
声を上げ、顔を歪める自分を見られるのがどことなく恥ずかしくて、顔を背けてしまいそうになる。でも、その前にはるかに唇を塞がれていた。
「むっ……んっ……」
口の中を舌で掻き回されながら、中心部では指が蠢いている。両方が器用に動かされて、どちらに集中したら良いかわからない。油断していると、私の意識は遠くへ飛ばされてしまうような、そんな危うさを感じた。頭の中ではまるで何かが点滅するようにちかちかと光っていた。どこかに昇っていくような気もするし、落ちていくような気もする。私の中心もろとも、意識がぐちゃぐちゃに掻き回されているような感覚だった。
「あああっ、あっ、やっ」
はるかが指を動かしながら、入り口部分にある突起を親指ですりつぶすように押してきた。はるかとまだ唇が繋がっているにも関わらず、思わぬ刺激に強めの声を上げてしまう。はるかが顔を上げた。腰が浮き上がりそうになる。
「ここ……いいの?」
そう言ってはるかは親指で突起を何度か擦りながら、さらに私の中にもう一本指を挿れる。あまりに自然な動きを、私は逃げようもなく受け入れるしかなかった。
「ああっ、だめっ、変よ、わたし……ああっ」
急激な変化に、思わずぎゅっと身を縮めた。しかしはるかが間にいるから、脚を閉じることもできない。シーツの上を泳いでいた手が、必死にはるかの肩を掴んだ。かろうじて、そこには傷跡がなかったことを思い出し、ぐっと力を入れてしまう。
「あっ……ふぁっ、あっ、んぁっ、ああっ、んあぁ」
私が反応を示した箇所を、はるかは敏感に察知して執拗に責め立ててくる。何かが身体の内側からせり上がってきて、波に飲まれそうだった。初めてはるかに触れられて感じた、頭が真っ白になる感覚と近いものが迫ってきている。目尻から涙が零れ、後ろに流れるのを感じた。
だめ、もう……私が目を瞑り、はるかにしがみつきながらそう思っていたら、突如はるかの動きがゆっくりになった。私は激しく息をつきながら、おそるおそる目を開けてみる。はるかは私の中からするっと指を抜いた。波に飲まれそうな感覚は少し怖いくらいだったのに、急に止められてしまうことには若干戸惑っていた。
「すごいや……」
はるかは独り言のようにそう呟いてから、自らの履いていたパンツとショーツに手をかけ、脱ぎ捨てた。先日とは異なって、まるで躊躇うことなくぴんと突き出たそれを目の前に出す。
「ごめん、みちる。我慢できない。挿れていい?」
恥ずかしげもなくストレートに聞かれ、私は思わず頷いてしまった。それを見るやいなや、はるかは私の腰に手を当て、力を込めた。
「え、あっ、はるか」
何をされるのだろう、と思った瞬間、私の身体はくるりとひっくり返され、目の前にはシーツと枕が見えた。乱暴ではないものの、素早い動きだったのでどういう状況なのかすぐに飲み込めなかった。
いったいこれは、とゆっくり考える間もなく、はるかは私の腰に手を当て、そのまま持ち上げる。膝と腕をつく形になり、次の瞬間にはもう、はるかのものが私の中心にあてがわれていた。
「んっ……あっ……」
先程までよりも格段に大きなものが入ってくる感覚がして、息が詰まりそうになった。私は必死に息を吐き出す。
「ふぁっ……あっ……」
はるかはゆっくりと私の中に入り、止まった。この前はるかが中に入ったときとまるで感覚が違うのは、角度が違うからだろうか。奥まで入っている気がして、はるかのものが私の身体の内部と直接繋がったかような、そんな錯覚を覚えた。
「動くよ……」
はるかが囁いて、私の腰に手を当てた。それからゆっくりと私の中で動き始める。ズン、と重めの衝撃が、お腹に伝わってきた。私はびっくりして息を呑んでしまい、声が出せなくなる。手を強く握りしめたら、自分の爪が手のひらに食い込むのがわかった。
「んっ……あああっ、あっ、あっ、んっ」
はるかが数回動いたところでやっと、呑み込んだ息とともに声を吐き出した。はるかが動くたびに、重い衝動が刺さるように伝わってくる。この前繋がったときとも違っていれば、先程まで指で与えられていた刺激ともまた違う。先程までとは別の場所に、はるかのものが規則正しい動きで突いてくる。私の声も、先程まで上げていた高い声ではなく、喉の奥底から絞られて出てくるような声になっていた。
背後からは、肌と肌の触れ合う音と、私の中がぐちゃぐちゃとかき混ぜられる音が聞こえてきた。はるかの動きも、顔も見えない。
初めてのことだから慣れていないだけで、徐々に慣れるものなのかもしれない……そう思って、しばらく身を任せていた。しかし、決して痛いというわけではないが、どこか不安で、一向に違和感が拭えずにいた。でもそれをはるかに伝えることができない。はるかは繰り返しリズミカルに中を突いてくる。だんだん私は苦しくなって、涙が出てきた。
「いや……はるか、これ、や……だ……んあっ、めてっ」
気づいたら握った拳でマットレスを叩き、そう吐き出していた。はるかの動きが止まる。
「みちる?!」
私はシーツに涙を零しながら、ぐったりと上半身を前に預けた。そして、はるかの方に顔を向ける。ぼやけた視界の端になんとなくはるかが映ったので、必死で訴えた。
「いや……私、はるかの顔……見えないの……」
絞り出すように言った途端、はるかが狼狽えたような声を出す。
「えっ、ご、ごめんみちる」
はるかは私の中に入れていたものを出し、顔を覗き込んできた。涙でぐちゃぐちゃになっているであろう頬を、そっと親指で撫でる。
「ごめんみちる……僕は自分のことばかりで……ほんとにごめん……」
はるかは私の横に沿うように寝そべり、私を抱きしめた。そうされたら急に涙が止まらなくなって、ぽろぽろと溢れ出してくる。はるかを困らせたかったわけではないし、はるかのしたいようにさせてあげたかった。でもそれは私が望む形ではなかった。どうしたら良いかわからなくて、頭が混乱していた。
私ははるかの胸に顔を埋めた。
「ごめんなさいはるか、私、どうしたら……」
はるかは私の頭をそっと撫でた。それから、頬のラインに指を滑らせる。私はその動きに合わせて顔を上げた。
「みちる、こういう時は、謝らなくていいんだ」
はるかと目が合った。優しい瞳に戻っている。静かな湖の深い部分を見ているような、そんな落ち着いた色をしていた。はるかは私の額にそっと口付け、また抱きしめてくれた。
「僕が悪いんだ。ごめんねみちる」
部屋に、静寂が満ちた。互いの呼吸音すらも微かにしか聞こえない静かな中で、跳ね上がるように鳴っていた私の心臓の音が、段々と落ち着いていくのがわかった。
しばらくそうしていたら、私の気持ちも落ち着いて、涙も止まった。はるかはじっと私を抱いたままだった。
少しの間どうしようかと迷ってから、私ははるかの胸元をつんつんとつついてみる。
「ねえ……」
「ん?」
はるかが私の顔を覗き込んだ。いざ目が合うと少し恥ずかしくて、言いづらくなる。が、思い切って口にした。
「はるか……続き、して?」
「えっ、でも」
はるかは戸惑ったような表情になる。そんな表情をされるとまたどうしたらいいかわからなくなってしまうから、恥ずかしさを誤魔化すように慌てて言った。
「さっきのは、ちょっと苦手……だけど。でも、はるかの方を向いて、なら」
おずおずと言った私に、はるかは目を見開いてから、逸らした。みるみるうちにはるかの顔が赤らむのがわかって、なぜか私の頬も火照ってしまう。あからさまに狼狽した様子を見せつつも、はるかは私の髪を撫でて半身を起こした。
「わかった。もう、みちるが嫌なようにはしないから」
私ははるかの言葉に頷いた。
再び、私は仰向けになり、はるかは脚の間に戻った。はるかの指はもう一度私の中心を確かめる。そこは柔らかく火照っていて、触れられるとまた疼くように擽ったくなる。
そこがまだ十分に濡れているのは、触れていない私でもわかるくらいだったのだけれど、一応、とはるかは優しく中に触れ、何度か指を滑らせた。燻っていた火が再び燃え上がるかのように、身体の奥から熱さが戻ってくる。
「んっ、ああっ、はっ、あぁ……」
はるかの指はやはり私を乱す部分を知っているかのように、私が求める場所を突いてくる。すでに十分昂められていた私の身体は、先程よりも早いペースではるかの指を受け入れ、再びの刺激であっという間に昇りつめていく。私は自分の声が高まり、強くなるのをひしひしと感じていた。
「ふぁっ、ああっん、ああ、んっ、ああ」
私の声の変化に合わせ、はるかは指を抜いて自らを挿入した。今日一度はるかを受け入れているそこは、すんなりとはるかを飲み込む。それでも、はるかは決して急ごうとはしない。奥まで入ったところで一度止まって私にキスをした。
はるかは私の手に自らの手を絡めた。そして今度こそ、しっかりと目を見合わせて囁いてくれた。
「動くよ……」
私は頷いて、握られた手をきゅっと握り返した。はるかがゆっくりと動き出す。
はるかが動くと、また奥にはるかのものがあたるのを感じた。けれど、先程のような息苦しさはない。むしろ、程よい距離感でぶつかるその動きに、心地良さともどかしさすらも感じる。じわじわと中が混ざり、温まる感覚は、はるかと繋がっていることを感じさせられて気持ちよかった。
「あっ、んん、ああ、はるか……ああっ」
はるかの名を呼ぶと、その度に繋いだ手に力が籠り、軽い口付けがはるかから落とされる。その間もはるかは律動し続けた。指での鋭い刺激とは異なり、強い刺激ではあるのになぜか柔らかく優しく感じる。
「はるか、あっ、もっと……んんっ」
気づいたらはるかを強く求めていた。繋いでいない方の手をはるかの首に絡める。はるかが顔を近づけてくれた。
「みちるの中、すごくいいよ」
はるかの甘い囁きに、耳元から全身が粟立ち、ぞくぞくとした。
はるかはゆっくりと動きながら、私が首に絡めていた方の手を取り、二人が繋がっている部分に導く。私の指先に、先程はるかに執拗に舐られた突起が触れた。
「そこ、みちるの弱いところだよ」
触ってごらん、と促され、導かれるままに触れた途端、びりびりと電気が走るように強い刺激が身体を駆け抜けた。
「やっ、あああっ、あっ、んんっ」
律動と合わせた刺激により、指で触れられていた時の何倍も強い刺激に感じられて、私は思わず大きく身を捩って声を上げてしまった。
「うっ……みちる、きつくなった……」
私の跳ね上がった声に合わせ、はるかが顔を歪め、息を吐き出す。
「ああっ、はぁっ、んん、あ、ああ、はるか、はるか、あん」
その刺激がスイッチとなったかのように、私の頭の中は火花が散るように光りだし、どこかへ飛ばされそうになる。あるいは、濁流に飲まれそうと言うべきだろうか。身体から何かが溢れそうだと言うべきか。
どういった表現をすれば良いのかわからない強い力に振り乱され、私は必死ではるかの手を握った。
「うっ……くっ……」
はるかの口端からも小さく声が漏れるのが聞こえた。手が握り返される。はるかの動きが強くなった。中がぐちゃぐちゃと乱される音がして、私の中を擦りあげる。はるかの腿が、私の脚に打ち付けられた。
「はるか……も、だめ……あああっ、ああっ、あっ」
「ああ、みちる、僕も……」
はるかに名前を呼ばれたかと思うと、同時に私の中で何かが弾けた。
「ああああっ、んあっ、んん――」
「んあっ」
全身に雷が走ったかのような衝撃が迸り、 ぎゅうっと力が入る。経験したことのない強い衝動だった。身体ががくがくと震え、絞るように声を上げる。同じタイミングで、はるかからも微かに声が漏れた。はるかの手を爪がくい込むほどに握ってしまったが、それ以上の力ではるかからも握り返されていた。
身体からそれらの衝撃が抜けたあとも、しばらくの間脚が震え、中心がひくついていた。二人の荒い息遣いが、静かな部屋に響く。
やがて、脱力したはるかが私の上に凭れるように覆いかぶさった。私は全身ではるかを受け止める。力の緩んだ中心部分からはるかが自らを抜き、横に寄り添うように寝転んだ。
はるかの背後にある窓から、光が差し込んできていた。今日は海が騒ぐ音が聞こえない。きっと穏やかな一日になるだろう。
もうすぐ、無限学園での生活が始まる。きっと穏やかではない学園生活。命の危険に晒されながら、世界の危機を救う戦いの日々が始まるのだ――。
でも。
目の前に横たわるはるかを見つめる。柔らかく微笑んでから、彼女は静かに目を閉じた。
これからの日々がいくら辛かろうと、はるかがいるからこそ耐えることができる。使命のため、とは言うけれど。
心の奥底で、その先を夢見ずにはいられない――。
指を伸ばしてはるかの前髪を掬う。それから、私ははるかの手に自らの手を重ね、目を閉じた。