「ここからは、この先どうするかという話をしなければなりません」
せつなの言葉に、全員が再びそちらに注目した。せつなは凛と姿勢を正し、全員の顔をぐるりと見渡す。
「月が発している強大なエネルギーは、長い時間をかけて太陽系の惑星にパワーを発し続け、ついにはそれらのバランスを乱すまでになりました。このバランスを元に戻さなければ、地球は他の惑星のパワーに負けてしまいます」
せつなは皆の顔を見つめながら説明をする。それぞれが頷きながらせつなの話を聞いていた。
「まずは月が発している強大なエネルギーを抑えることが必要です」
せつなは一度言葉を切り、うさぎの方を向いた。
「それには、やはり銀水晶が必要だと考えています」
せつなは、うさぎの目をしかと見つめて言った。うさぎも力強い瞳でせつなを見返す。その手にはしっかりとコンパクトが握られていた。
せつながうさぎを見つめる瞳が、一瞬迷うように揺れる。それから再び口を開いた。
「銀水晶を使うとなると、やはりプリンセス、あなたの力が必要となる」
せつなは躊躇うように言い、目を伏せた。
銀水晶の力を使う、それはすなわちうさぎの身体に負担をかけることであり、ここにいる全員が望まないことだった。話を聞いていた他のメンバーも、一瞬動揺したようにはっとした表情を浮かべ、それからその表情は迷いと不安に変わる。
「それしか……方法はないのか」
衛が言葉を発した。それはせつなへの問いかけというよりは空中に向けて放った呟きのようなものだった。しかしせつなはその呟きに反応する。視線が泳ぎ、再び伏せるように下を向いて、口を開いた。
「おそらくは……。月のエネルギーは銀水晶と同等のパワーを持っていますから、銀水晶に匹敵する別のものがない限り、銀水晶を使うしかないと思います」
せつなの言葉に、やはりそうか、と衛も俯く。皆の視線が今度はうさぎに移った。
「うさぎちゃん」
美奈子が心配そうな声でその名を呼んだ。うさぎは握り締めていたコンパクトに目を落とした。何かを決意するかのようにそのコンパクトを見つめ、それから美奈子の方を向いてパチンとウインクをする。
「大丈夫!任せて」
うさぎは皆に向かって優しく微笑んだ。前回ここに集合した時は、うさぎが皆に励まされる立場だった。そのうさぎが、今は皆に向かって励ましの視線を投げかけている。
「私たち……また大事な時にうさぎに頼りっぱなしなのね」
レイが瞳を潤ませ、俯いた。隣にいたうさぎが、レイに視線を向ける。その視線はとても優しく、いつか会ったネオ・クイーン・セレニティを思わせる温かさだった。
「レイちゃん。あたしは大丈夫だよ。あたしは。
……だって、みんながいるから」
うさぎが微笑んで言う言葉に、レイが一瞬下を向く。聞こえるか聞こえないかわからないくらいの微かな声で呟いた。
「あんたってば……本当に」
そしてもう一度顔を上げた。キラキラと光る瞳でうさぎを見つめる。
「そうよね。うさぎには、私たちがついているわ」
二人のやり取りを見ていたせつなが、会話の頃合いを見計ってまた話し始めた。
「月のエネルギー以外にもう一つ問題があります。強大な月のエネルギーにより、すでに太陽系の惑星のバランスは崩れ初めてしまっている。このバランスも元に戻さなければなりません」
そこまで言って、せつなは考え込むように口元に手を当てた。
「こちらの問題のほうが厄介ですね。ターゲットが一つではない上、対処方法もわからない」
うさぎによって元気付けられた一同は、一瞬にして不安げな顔に戻った。
「確かせつなさんの情報だと……各惑星が地球に向かって近づいてくるような動きをしているんですよね」
亜美がせつなに問う。その情報は、事前に得ていた膨大な資料の中のほんの一部の情報である。せつなは亜美に向かって頷いた。
「ええ。本来であれば太陽を中心として回っているはずの各惑星の軌道が乱れ、地球に向かって徐々に近づいてきています。
今になって思えば、地球に向かって近づいてきていたのではなく、その衛星である月に向かってきていたと考えた方が自然かもしれませんが」
亜美はせつなの答えになるほど、と頷き、また考え込むような姿勢となった。
「そしてそのバランスが大きく崩れるタイミングが、もうすぐそこまで迫っているということだったわね?」
みちるも亜美と同じく、資料の内容を確認するようにせつなに尋ねた。せつなは頷く。
「今は各惑星がかなりゆっくりとしたスピードでこちらに向かってきていますが、ある一定の距離まで地球に近づいた途端、急にそのスピードを上げるだろうと予測されています。そのタイミングが、もうあと数日以内に迫っているのです」
その言葉に、まことは額を覆うように手を当て、美奈子は両手で顔を覆った。レイは両手を胸の前で祈るように合わせる。亜美も先ほどまで開いていたコンピュータを握りしめた。
「くそっ……どうすればいいんだ……」
はるかもうっすらと焦りの表情を浮かべて前髪を掻き上げた。ほたるも不安げな顔でその横顔を見つめ、みちるは何も映らない鏡をそっと覗いた。
それぞれが思い思いの表情で、不安な気持ちを表し、考え込んだ。しかし妙案は浮かばない。
暗い神社の境内に、木々のざわめきだけが響いた。それは集まった皆の心のざわめきを表すように、不穏な音を響かせる。
「守護星の絆……」
どれほどの時間、そのまま黙って考え込んでいただろうか。不意に足元から声が響いた。皆一斉にその声の主を探す。声を発したのは、うさぎの足元にいたルナだった。その瞳は誰のことも捉えておらず、空を見つめて何かを思い出すような視線だった。
「ルナ?」
アルテミスが驚いたようにその名を呼んだ。ルナは勢いよくアルテミスの方を向く。
「アルテミス。覚えていない?守護星の絆」
ルナは慌てたように早口で捲し立てた。興奮したように目を見開いている。アルテミスはルナの表情にただならぬ勢いを感じながら、その言葉の意味を必死で辿る。
「守護星の絆……」
アルテミスはそう呟き、そしてあっ、と何かを思い出したように叫んだ。
「そうか……みんなの守護星の力か……でも」
アルテミスはぶつぶつと呟きながら俯く。
全員、驚いて二匹の様子を見つめ、そして新たな情報を待ったが、アルテミスは何かを呟いたあと、迷うような表情で考え込んでしまった。美奈子が焦れて言葉を発する。
「もう、何?何か知ってることがあるなら教えてよアルテミス」
美奈子の言葉に、アルテミスは未だ迷うような表情で顔を上げた。
「僕たちも具体的な方法がわかっているわけじゃないんだけど」
アルテミスはそう言ってから、ちらりとルナの顔を見た。ルナも同じく迷っているような、はっきりしない表情で顔を上げる。
「あのね。みんなはそれぞれ太陽系の惑星を守護としているでしょう。守護星とあなたたちは、深く結びついているの。それを前世で、守護星の絆と呼んでいたのよ」
「守護星の……絆?」
皆が口々にルナの言葉を繰り返した。その場にいた誰一人として、その言葉を聞いたことはなく、時空の扉の番人として一番多くの記憶を持つせつなですら首を傾げた。ルナは皆の反応に軽く頷き、続きを話し始める。
「みんなは前世で太陽系の外部から来る敵から、シルバー・ミレニアムを守る使命があったでしょう。その使命のためのパワーは、全て守護星を通じて与えられているらしいの。
……ううん、ちょっと違うわね。正確には、あなたたちの存在そのものが守護星から生まれていて、あなたたち自身が守護星の分身と言っても言いかもしれない」
ルナは途中で迷いつつ、言葉を選びながらそう言った。うさぎが怪訝な顔をする。
「どういうこと?よくわかんない」
今度はアルテミスがうーんと唸りながら話した。
「僕たちも、この話は伝説として聞いたものだからはっきりとは言えないし、いくつか説があって正確なところはわからないんだけど……君たちは守護星と強い結びつきを持っている、という話があったことは確かなんだ。その話が正しければ、君たちが持つセーラー戦士としてのパワーや敵を倒すための技は、全て守護星から得ている力なんだよ」
「なるほど……それは知りませんでした」
せつなが呟く。他の皆も、驚いた顔でルナとアルテミスを見ていた。ただ、二人はまだ迷うような表情をしている。
「つまりね、うさぎちゃんが銀水晶を使って月のエネルギーを抑えようとするのと同じように、みんなも自分たちが持つ守護星の絆を使って、今こちらに向かってきている守護星に何かしらのパワーを与えることはできるかもしれないと思ったの。でも……」
ルナが迷うように一旦口を閉じ、俯いた。それから分厚い雲のかかる上空を見上げた。
「守護星の絆の話は、あくまでも伝説というか、シルバー・ミレニアムに伝わる御伽噺のようなものだったの。みんなが本当に守護星から生まれて、守護星と強い結びつきを持っているのかはわからないわ。
それに、仮にその伝説が正しかったとしても、その結びつきを利用して守護星の軌道を元に戻すなんてことができるかは……わからないのよ」
ルナはそこまで言って項垂れた。アルテミスも頷く。
皆、二匹の発言に戸惑ったような表情を見せ、考え込んだ。うーん、という軽い唸りも挙がる。全く想像もしていなかった話であり、そして確証が得られた話ではないため、どうしたら良いのか考えあぐねる様子でもあった。提案したルナとアルテミスも悩ましげな表情で皆を見つめている。
「今のところそれしか方法がなさそうなんだろ?だったらそれに賭けてみるしかないんじゃないか」
しばらく続いた静寂を切り裂いたのははるかだった。先ほどまで腕を組み、目を閉じてじっと考えていた様子だったが、今はその腕を解き、ルナとアルテミスを見つめている。
「実際に絆が存在するのか、それを利用できるのかは不透明だ。だけど、僕たちは確かに各守護星のスターシードも秘めているわけだし、守護星に何らかの起源があるという話は信憑性が高いんじゃないかと思う」
「それは確かにそうね」
はるかの言葉に、みちるも胸に手を当て、頷いた。まるで自身の中に眠るスターシードを確認するかのように。
「でも……もしこの方法がダメだったら?」
美奈子が不安げな声を上げる。まことやレイ、亜美も迷うような表情ではるかを見つめていた。
「どっちにしても他に方法が見つかったわけじゃないだろう。時間がないんだ。とにかくやってみるしかない」
強い言葉で言い切るはるかに、皆、まだ若干不安を残した表情で顔を見合わせる。
ややあって、まことが意を決したように呟いた。
「やるしかない、か」
「そうね」
その言葉に、美奈子も頷いた。
「うさぎだって頑張るんだし、あたしたちもやらなくっちゃね」
二人の言葉に、レイも続けてそう言い、亜美が頷く。
「決まりだな」
はるかはせつなの方を向いた。せつなも決意を込めた目ではるかを見つめる。
「わかりました。守護星の力を信じましょう」
せつなが言った。