目を開けると、まだ目覚まし時計が鳴る前だった。衛は左側に首を向ける。うさぎはまだ夢の中のようだ。すやすやという寝息が聞こえてくる……と思ったら、むにゃむにゃと何か言う声も聞こえてきた。衛はうっすら微笑を浮かべ、その顔を見つめていた。
ここ何日か、衛はついいつもより早く目覚めてしまっていた。理由は明白だ。数日前にはるかやみちるに呼び出されて衝撃的な事実を聞かされ、寝ても覚めても心中は穏やかではない。普段どおりに過ごしているつもりだが、ふと気づくと二ヶ月後に迫る変革の時のことで頭がいっぱいになっている。
気づいたら衛は両の手のひらを広げ、見つめていた。先日神社で事実を聞いた時、実は何よりもショックを受けていたのは自分自身だったのではないかと思っていた。うさぎのことを自分で励ました手前、そんなことはおくびにも出さなかったが、本当はうさぎと同じくらい絶望的な気持ちを抱えていた。
何故なら、自分にはうさぎのようなパワーは存在しないからだ。
うさぎはこれまで幾多の困難を乗り越え、その度にパワーアップし、地球を守り抜いてきた。元々は幻の銀水晶という存在があり、その力を発揮できる人間だからこその力だったと思う。だが、新たな敵と出会い、仲間と協力し、困難に立ち向かううちに、銀水晶の力ではなくうさぎ自身の力の強さを感じるようになっていった。あれは身体の力が強いとか、技が増えたとか、そういうことではない。あの強さはうさぎの心の強さだ。
それに引き換え自分は……。衛はグッと手を握りしめた。ずっとうさぎのことは傍で支えてきたつもりだ。でも、今回のことほど自分に無力感を感じたことはない。
「まもちゃん……」
小さな声で呼びかけられた。うさぎが目を開け、こちらを見ている。衛は掲げていた手を下ろし、うさぎに身体を向ける。
「うさこ……なんだ、珍しいじゃないか。うさこが目覚ましよりも早く起きるなんて」
平然を装って、話しかけた。誤魔化すにはもう遅いと思うが、うさぎにこの不安を悟られたくはない。
うさぎは、柔らかい笑顔を衛に向けた。うさぎの手がもぞもぞと布団の中を這い、衛の手を探し当てる。
「うさこ」
「まもちゃん。大丈夫だよ」
うさぎは優しい声で言った。今までずっと、自分のことを励ましてくれた声。
「大丈夫」
うさぎはまた繰り返す。うさぎの温かい手が、きゅっと衛の手を包むように握る。
「あたしたち、ずっと頑張ってきたじゃない。みんなで地球を守ってきたじゃない。
……そりゃ、この前聞いたときはびっくりしたよ。すごい悲しかったよ。
でもあたし、やっぱりちびうさに会いたい。未来が来ないなんて信じられないよ。……だから。頑張るって決めたんだ」
うさぎの、大きくて温かくて優しい瞳が、衛を見つめている。
「俺は……」
――ああ、まただ。また俺はうさこに助けられた。
「本当に、うさこには助けられっぱなしだな」
衛は苦笑しながらそう言った。うさぎが握っている手に、握られていない方の手を重ね、そっと包み込む。
「やだなあまもちゃん。あたしはまもちゃんとみんながいるから頑張れるんだよ」
へへっ、と照れたような笑顔を浮かべ、うさぎが呟いた。
うさぎの励ましで、事態が解決するわけではない。だが、確実に気持ちは前向きになれた。
衛は握っていたうさぎの手を引いて身を寄せ、額に優しくキスをした。