雨の日は絶不調だ。
基本的に調子を乱すことのない……いや、例え乱したとしても上手に隠している君だけど、雨の日だけは少々荒れている。
低気圧のせいもあると思うし、ナチュラルなウェーブヘアが上手くまとまらないせいもあるかもしれない。僕と一緒にバイクにもオープンカーにも乗れないというのもあると思う。
朝さえ乗り切って外に連れてさえ行けば、君はすぐに女優になってくれる。他人の前では決して弱みを見せない。
だから僕は、雨の日の朝、いつもより神経を使う……。
不運なことに、昨日は久しぶりに敵が現れて戦うことになり、夜中に心身共に疲れた状態で帰ってきていた。
今日は苦労しそうだ。僕は覚悟を決めてみちるのいるベッドルームに足を踏み入れた。
「みちる、起きる時間だよ」
布団の上から優しく声をかけた。普段だと起こされる側の僕も、雨だとわかった日だけは頑張って早く起きている。
「……嫌」
ストレートに断られた。
「でも、そろそろ準備しないと」
「ねえ、じゃあ」
みちるは布団の端を少し持ち上げて、寝ぼけ眼を覗かせた。
「目覚めのキスはないのかしら」
本当はそんな事をしている余裕はないのだが、外では絶対に見せないみちるの寝ぼけ顔を、今僕だけが見られていると思うと、愛おしくてしかたがない。
僕はみちるの前髪をそっと避け、額に軽くキスをした。
「お姫様。そろそろお目覚めの時間ですよ」
そう言った瞬間。
グイッと手を引っ張られて、僕はベッドに倒れ込んだ。そのまま、みちるの腕が首に回される。
「まだ……起きたくないの……」
そのまままた眠りに落ちそうな、微かな声で囁く。みちるの髪から柔らかなシャンプーの香りが漂ってくる。その香りに、僕の理性が負けそうになる。
でも。
「今日はコンサートの打ち合わせがあるんだろ?」
誘惑を全力で振り切って、みちるの頭をぽんぽんと撫でるだけに留めた。
「そんなの……私が出なくたって……」
いや。みちるは主役だろう。主役が出なくてどうするんだ。
そう思ったが、まるで子どものように首に絡みつくみちるを前にすると、それを口にする気は失せてしまう。
叶うならずっとここにいて、ずっとみちるのことを見ていたい。
でも、それが叶わないのなら……
僕はもぞもぞと動き、首に回されたみちるの腕を緩めた。
離れたがらないみちるの腕を優しくほどき、顔がようやく見える。
眉を顰めて不満な顔をしているみちるに、僕はそっと口付けた。
「ほら、今度こそ。お目覚めの時間だよ」
「うーん……もっと……」
「続きは帰ってから、ね」
もう一度頭をぽんぽんと撫でたら、ようやくみちるは起きる気になったらしい。ずるずると布団から身を起こし始めた。
「約束よ?」
「え?」
「続き」
ベッドルームを出る直前にみちるはそう言って、ひらりと部屋を出た。心做しか、その足取りは弾んでいるように見えた。
まったく。うちのお姫様は……。
ふぅ、とため息をついて僕はみちるの後を追った。
バイクにも車にも乗れない、けど僕は、雨の日も嫌いじゃない。