最近、よく夢を見る。
世界の全てを飲み込むような大津波。破滅の時。
「……ューン、……プチューン……」
遠くから風に乗って、誰かの声が聞こえる。
振り返ると、そこには背の高い陰が見える――――
目が覚めるといつもの広いベッドに一人で寝ていて、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいるのが見える。
いつもの朝だ。いつも誰かの声が聞こえて、それが誰かを思い出そうとするところで目が覚める。
そして何分かすれば、お手伝いさんが私を呼びに来る。
コンッコンッ
「みちるお嬢様、朝のお支度とお稽古のお時間でございます。」
「わかったわ。」
朝5時。いつも通りのやり取り。
普通の中学生はまだ寝ているだろう。私は物心ついた頃からずっとこんな生活だけれど。
2時間のバイオリンの稽古をこなし、朝食や身支度などを済ませたら、もう学校に行く時間。
でもバイオリンの稽古は楽しいから苦痛じゃない。今日も淡々とこなしてみせた。
幼いころから茶道や華道や書道、バレエにピアノにバイオリンと、一通りのお稽古はしてきたが、バイオリンを弾いている時が一番心躍る時間だった。
バイオリンを弾いている時間だけは、悪夢のことも忘れていられる……
何かが私を呼んでいて、何か悪いことが近づいて来ているのは知っていた。
それを認めたくなくて、学校の時間以外はなるべくバイオリンを弾いたり絵を描いたりしていた。
悪夢が濃く、強く私の心を蝕んでいくにつれ、皮肉にも私はバイオリンと絵画に打ち込み、めきめきと実力が伸びていくのだった。
その時が来たのは、本当に突然のことだった。
その日は学校の帰りにそのまま絵画の教室に行くつもりで、車の送迎はお願いせずに、珍しく一人で歩いていた。
「きゃああああああ」
甲高い女性の叫び声が聞こえた。
ビクッとして振り向くと、そこには得体の知れない大きな怪物がいた。
「うがーっっ! ぐるるるるるる」
雄叫びをあげる怪物を前に、女性が腰を抜かして座り込んでいる。
…………あれは……何???
あまりに突然のことで、足がすくんで動けない。
この世のものとは思えない怪物。3メートル以上はあるだろうか。
虫のような硬い体と、ムカデのような無数の足を持ち、口と思われる穴は大きく、こちらも無数の歯が生えていた。
私が立ち尽くしている間に、目の前の女性が襲われようとしている。
「ああっ……危ない!」
叫びかけたその時――
眩い光と共に、目の前に見慣れぬスティックのようなものが現れた。
「……え?」
月と星をかたどったような可愛らしいデザイン。そしてそこから溢れ出る光。
けれど、そこからは確かに何かの意志を感じる。
――さあ、手に取るのです。ネプチューン。そして思い出して。あなたの記憶、あなたの役目を……。
誰かに背中を押されて、でもそれを取っても大丈夫なのかという迷いもありながら……
……私は、それを手に取った。
次に見えたのは、青みがかった星と黒々とした星空。
そして……戦士の記憶。かつてネプチューンとして、太陽系を護り続けた記憶。
走馬灯のような一瞬の映像を見たあと、すぐに私はセーラーネプチューンに変身していた。
そこから先は、あまりよく覚えていない。
無我夢中でかつての必殺技を繰り出し、怪物を破壊した。
襲われた女性が気を失って倒れているのを見て駆け寄ると、そこで怪物の本当の正体に気づいてしまった。
……人間だわ……!
怪物は、人間の身体から、まるで脱皮の途中かのごとく出てきていたのだ。
そしてその怪物も人間も、私が手を下したから、もう動くことはない。
「うっ……」
ショックを受けてその場に座り込んでしまった。
目の前で怪物と人間だった誰かが、静かに消滅していく。
――私、誰かを殺してしまったのね……
しばらくそこに放心していたが、怪物の姿が完全に消えてなくなるとともに、自分がなぜここにいるのかを思い出し始めた。
――あの夢は……これから起こることだわ……
私は破滅を止めるために生まれ変わったのだ。
そして私には、探さなければならない人がいる。
――ウラヌス。
まだ顔も声もぼんやりとしか思い出せない。
けれど、私には彼女が必要だ。
……探さなければ。
まだ震える膝を懸命に支え、立ち上がった。
思い出したばかりの運命に戸惑い、心はついていけていないが、なぜか冷静に一つのことを考えていた。
ウラヌスを、探そう。
変身を解いた私は、先程手にしたリップロッドを握りしめ、歩き始めた。