一日みっちりとヴァイオリンの練習をした日の夜は、極上の時間が私を待っている。
「今日もお疲れさま。」
はるかが微笑んで、ボディケア用のオイルを手に私をソファに誘った。私ははるかが差し出す手に応え、右手を渡す。はるかに向き合う形で座り、いつもの時間が始まった。
アロマの優しい香りのするオイルをたっぷり手に取り、はるかが優しく私の手をさすったり、揉んだりしてくれる。一日中ヴァイオリンを持ち続けた手に、はるかの体温とオイルがじんわりと浸透する。
私の大好きな、はるかの手。感じるはるかの体温。そのすべてを堪能できるこの時間が楽しみで、私は一日ヴァイオリンを頑張ったのだなと思う。
手のひらと甲に一通りオイルを塗ると、今度は腕をさすってくれる。
ヴァイオリンの角度を保ち、弦を押さえるため、腕の腱はとてもよく使う。疲れた腕を、時に撫でるように、時に圧をかけるように触られる感覚が心地よく、私は目を閉じてその指使いを味わっていた。
左手も同じように労ってもらってから、はるかは私の後ろに回る。そして、肩周りのケアをする。
ゆっくりと、丁寧に。はるか自身も一日の終わりで疲れているはずだが、手つきが雑になることはない。
はるか自身がスポーツをやっていたおかげだろうか、強い力を入れているわけでもないのに、ポイントを抑えたマッサージがとても心地よい。
首元から上腕にかけて、疲れを流すように。はるかの手つきと共に、肩に滞っていた血が巡り、全身に流れていくように感じる。
私はその手つき、その体温、はるかが私に施してくれる全ての感覚に集中する…
――初めてやってもらった時は、その艶やかな手つきに胸が高まってしまい、逆に肩に力が入ったものだった。
「みちる、力入ってるよ」
そう苦笑されたあとで、耳元でこう囁かれたのだっけ。
「僕に身体を預けてよ。」
……その言葉は、まったく逆効果だったのだけれど。
このマッサージの時間が習慣化した今もとてもドキドキするけれど、それ以上に心地良さを堪能できるようになっていた。
「……なにか楽しいことでもあったの?」
ガラス窓に微笑む私の顔が映っていたのだろうか、はるかは私の回顧に気づいたようだ。
「ふふっ。なんでもないわ」
答えた私の顔は、きっと上機嫌に見えただろう。
「さ、終わったよ」
はるかが最後に私の肩をひと撫でして言う。そして……。
「……っ」
最後にして、最高のご褒美。首元にそっと唇が落とされた。
予め来るとわかっていても、最後のこれだけは私の心を踊らせ、高揚させる。
「はるか……っ」
思わず振り向いてしまう。
「どうした……」
問いかけるはるかのセリフを全て言わせる前に、私ははるかの顔を引き寄せ、唇を合わせた。
「……っ!」
はるかが驚いて目を見開いているのを端で確認してから、私は目を閉じる。
そして、まだオイルの香り漂うはるかの手に、自分の手を絡めた。
――いつもありがとう。これは私からのご褒美よ