柔らかな午後の日差しの中、僕とみちるは二人並んで歩いていた。
「可愛かったわね、あの子たち。」
みちるは先程までいたカフェでの会話を思い出してくすっと笑った。
先程まで、例のおだんごがカフェに居合わせ、ファーストキスの話で盛り上がっていたのだった。
「ああ、そうだね。ファーストキスに憧れるって、ピュアだよな。」
みちるが視線を遠くに動かして、何かに思いを馳せるような表情になった。
「ファーストキス、ね……」
ファーストキスの話をしながら、私は思いを巡らせた。
朧げな記憶ではあるが、ずいぶん前に家に同じ年頃の子どもが遊びに来たことがある。
父の知人の子どもだったと思うのだが、幼かったので詳しいことは覚えていない。
「女の子同士遊んで来たらどうだ」
父にそう促されたのだが、目の前にいるその子はどう見ても男の子だった。
私は戸惑いながら、自分の部屋に案内した。
「おもちゃとか、ないの? ミニカーとかさ。」
「ないわ、そんなもの」
その子は不満そうに周りをぐるりと見渡したが、私のそばのスツールに置いてあったバイオリンのケースを見つけて指さした。
「じゃあ、弾いてよ」
こくん、と頷いて私はバイオリンを取り出す。
私ともう一人子どもしかいない部屋に、優雅なバイオリンの音が響いた。
目を瞑り、先生に教わった指使いを心の中で思い浮かべながら弾く。
私はバイオリンの音と共にふわりと空中に浮かぶような感覚を感じる。曲と一体になり、私は演奏に入り込んでいく。
……その時。
ふっ、と顔の前に何か気配を感じ、額に柔らかくて優しい感触を覚える。
「……っ!」
驚いて目を開けると、その子は私と顔がくっつきそうなくらい近くにいた。
キラキラした目に見つめられてドキドキする。
「今、何したの??」
「え?ああ、ごめん、思わず。」
その子は悪びれる様子もなく言う。
――キス、されたんだ。おでこに。
そう気づいて、慌てて私はおでこに触れた。
「ごめん。嫌だった?」
「嫌じゃないけど……女の子同士でキスするなんて……」
私はどうしたらいいかわからなくなり、その子の真っ直ぐな瞳から目を背けてしまった。
しかしその子は私から目を逸らさずにこう言った。
「男とか女とか、そんなにたいせつなこと?」
「え……?」
そのあとどうなったか、あまり覚えていない。ただ、とてもドキドキしていたことだけは覚えている。
――はるかみたいな子だったわ。
あの事を思い出すと、またあの甘酸っぱい気持ちが蘇る。
「どうかした?みちる。」
私が回想に耽っていると、はるかが不思議そうな目でこちらを見ていた。
「……もしかして、ファーストキスのことでも思い出してた?」
茶化すように聞くはるか。
「……ふふ。内緒よ。」
……女の子のファーストキスは、大事ですもの。