「さあ、もうすぐ新しい年の幕開けです――」
テレビからそんな音声が聞こえて時計を見上げた。二十三時五十分。僕は思わずため息をついた。
今年はみちると二人で暮らし始めて、一緒に年越しができる初めての年。
しかし、よりによって年末にみちるのチャリティコンサートの予定が入ってしまった。年越しの特別番組の一部での演奏ということで、出演時間自体は短いのに開始時間が二十一時と遅めの時間帯だ。
それでも趣旨がチャリティという目的だったから、みちるは迷うことなくオファーを受けた。
「年越しまでには必ず帰るわ」
そう言われて、渋々送り出したのが夕方頃。
僕は先ほどまで生放送でみちるの演奏を聞きつつ、のんびりとみちるの帰宅を待った。
そしてみちるは約束通り、年越しの十五分前に無事帰宅した。
が……。
「なんとか間に合ったわ。ああ、でもごめんなさい……少しだけシャワーを浴びさせて」
みちるは何を慌てているのか、バスルームに直行してしまった。
――全く。そんなの後でいいのにな。
テレビには、今年の出来事を振り返るナレーションが流れ、神社に初詣に来たと思われる参拝客が映し出されていた。
もうあと数分で今年も終了だ。
――やっぱり、ちょっと声をかけてみるか。
僕は堪らず立ち上がった。
バスルームからは、シャワーが流れ落ちる音が響いていた。一応軽くノックをしてから扉を薄く開ける。
「みちる?もう年が明けちゃうよ……」
声を掛けて中を覗き込んでから、僕は思わず息を呑んだ。
目の前には、目を閉じてシャワーに打たれるみちるがいた。僕が扉を開けたのに気づき、薄らと目を開けてこちらを見る。
「あら……はるか。待たせてごめんなさい。すぐ終わるわ」
みちるはシャワーを浴びながらこちらに声をかけた。
「あ、ああ……うん」
僕は返事もそこそこに、みちるの姿に見入ってしまった。
一緒に暮らし始めて一ヶ月弱。みちるとはもう何度か肌を重ねたし、今さらみちるが裸でいるからって、何を驚くことがあるのだろう。
でも改めて見ると、今目の前で水に打たれているみちるは……なんというのだろう。すごく美しくて色っぽくて……だけど、どこか神聖さも湛えている。
プールから上がった後の水着姿とも違う。
ベッドで僕に全てを晒している時とも違う。
――なんだろうな、これは……。
「っ……はるか?!」
気づいたら僕は、シャワーを浴びるみちるの後ろから腕を回していた。温かいお湯が勢いよく僕に降り注ぐ。
「どうしてそんなに慌ててシャワーを浴びてるの?」
「はるか……服着たままじゃない……どうしたの?」
「ねえ。僕が聞いてるんだけど?」
僕はさらけ出されたみちるの首筋に噛み付いた。生暖かい水滴とみちるのみずみずしい肌を舌で絡めとる。
「……あっ」
突然のことにみちるは身体を捩らせ、僕が回した腕を掴んだ。唇を離すと、白く濡れた肌に薄らと赤い跡が付いている。
「もうっ、はるかっ……」
みちるがこちらを振り向いて抗議の声を上げた。僕は構わず、今度はその唇を塞ぐ。降り注ぐシャワーよりも熱いみちるの口内に舌を差し入れた。水音がうるさいはずなのに、口内を探る音は何故かはっきりと聞こえて、僕の気持ちを煽り立てた。
「ねえ、なんで?」
僕は唇を離してから、もう一度みちるに尋ねた。
みちるは目を伏せ、少し迷うような表情になった。それから、口を開く。
「禊……よ」
みちるは小さな声で呟いた。
「今年の汚れは今年のうちに、落としたかったの。ただの習慣よ」
みちるはそこまで言って、何故か恥ずかしそうな顔になり前を向いてしまった。
ほら、もういいでしょう、と僕の腕から抜け出そうとする。が、僕はそれを許さず、みちるをしっかりと掴んだまま、その首筋に舌を這わせた。舐めとった傍から新しい水滴が零れ落ちてくる。みちるは僕の動きに合わせて息を乱した。
「汚れてなんかいないのに、みちるは」
僕はみちるの膨らみに手を滑らせ、ツンと尖った蕾を撫でた。みちるの身体がピクリと震える。
僕はその反応を確かめたくて、何度か手を往復させた。みちるから漏れる吐息が、シャワーの蒸気と混ざりあって昇っていった。
「はぁっ……でも……」
みちるが身体を捻り、もう一度こちらを向いた。シャワーのせいか否か、上気した頬と潤んだ瞳が僕を見つめる。
「戦いで汚れた身体を……綺麗に、したかったの……」
僕はその言葉に思わず手を止めた。彼女が発した『禊』の意味に気づく。
僕より早く戦士として覚醒したみちるが、その『禊』を習慣としてきたこと。何度洗ってもこびりついて落ちないように思えるその汚れを、せめて新しい年に持ち越さないように洗い流す……そんな儀式を、みちるは人知れず行ってきたのだ。
僕はみちるを抱く手を緩めた。みちるは腕を逃れ、僕の方を向く。
ザーッと流れ続けるシャワーの下、僕達はびしょぬれのまま見つめあっていた。
僕は今度はそっとみちるの肩に手を置いた。ゆっくりと顔を近づける。みちるが目を閉じて受け入れるのを確認して、優しく唇を重ねた。
勢いに任せて行った先ほどの口付けより、ずっと甘くて優しいキスを――。
「僕が、全部綺麗にするよ」
唇を離してから、みちるの耳元でそう囁いた。
「え……?」
戸惑ったような表情で僕を見つめ返すみちるの右手を取り、そっと唇を落とす。
「僕が、全部綺麗にする」
つけっぱなしのテレビから、新しい年になったことを告げる音声が微かに聞こえてきた。
僕達の新しい一年が始まろうとしている。
汚れも、罪も、痛みも……もう一人で背負うことなどない。全部、僕が引き受けるから――。
僕は彼女の全てを飲み込むべく、その白い肌に唇を這わせた。