Search this site
Embedded Files
Twilight Moon
  • Home
  • Novels
    • はるみち・ウラネプ
    • 外部家族
    • その他
  • Illustrations
  • Notes
  • Links
Twilight Moon

禊

「さあ、もうすぐ新しい年の幕開けです――」


 テレビからそんな音声が聞こえて時計を見上げた。二十三時五十分。僕は思わずため息をついた。


 今年はみちると二人で暮らし始めて、一緒に年越しができる初めての年。

 しかし、よりによって年末にみちるのチャリティコンサートの予定が入ってしまった。年越しの特別番組の一部での演奏ということで、出演時間自体は短いのに開始時間が二十一時と遅めの時間帯だ。

 それでも趣旨がチャリティという目的だったから、みちるは迷うことなくオファーを受けた。

「年越しまでには必ず帰るわ」

 そう言われて、渋々送り出したのが夕方頃。

 僕は先ほどまで生放送でみちるの演奏を聞きつつ、のんびりとみちるの帰宅を待った。


 そしてみちるは約束通り、年越しの十五分前に無事帰宅した。

 が……。


「なんとか間に合ったわ。ああ、でもごめんなさい……少しだけシャワーを浴びさせて」


 みちるは何を慌てているのか、バスルームに直行してしまった。


 ――全く。そんなの後でいいのにな。


 テレビには、今年の出来事を振り返るナレーションが流れ、神社に初詣に来たと思われる参拝客が映し出されていた。

 もうあと数分で今年も終了だ。


 ――やっぱり、ちょっと声をかけてみるか。


 僕は堪らず立ち上がった。


 バスルームからは、シャワーが流れ落ちる音が響いていた。一応軽くノックをしてから扉を薄く開ける。


「みちる?もう年が明けちゃうよ……」


 声を掛けて中を覗き込んでから、僕は思わず息を呑んだ。


 目の前には、目を閉じてシャワーに打たれるみちるがいた。僕が扉を開けたのに気づき、薄らと目を開けてこちらを見る。


「あら……はるか。待たせてごめんなさい。すぐ終わるわ」


 みちるはシャワーを浴びながらこちらに声をかけた。


「あ、ああ……うん」


 僕は返事もそこそこに、みちるの姿に見入ってしまった。


 一緒に暮らし始めて一ヶ月弱。みちるとはもう何度か肌を重ねたし、今さらみちるが裸でいるからって、何を驚くことがあるのだろう。

 でも改めて見ると、今目の前で水に打たれているみちるは……なんというのだろう。すごく美しくて色っぽくて……だけど、どこか神聖さも湛えている。


 プールから上がった後の水着姿とも違う。

 ベッドで僕に全てを晒している時とも違う。


 ――なんだろうな、これは……。


「っ……はるか?!」

 

 気づいたら僕は、シャワーを浴びるみちるの後ろから腕を回していた。温かいお湯が勢いよく僕に降り注ぐ。


「どうしてそんなに慌ててシャワーを浴びてるの?」

「はるか……服着たままじゃない……どうしたの?」

「ねえ。僕が聞いてるんだけど?」


 僕はさらけ出されたみちるの首筋に噛み付いた。生暖かい水滴とみちるのみずみずしい肌を舌で絡めとる。


「……あっ」


 突然のことにみちるは身体を捩らせ、僕が回した腕を掴んだ。唇を離すと、白く濡れた肌に薄らと赤い跡が付いている。


「もうっ、はるかっ……」


 みちるがこちらを振り向いて抗議の声を上げた。僕は構わず、今度はその唇を塞ぐ。降り注ぐシャワーよりも熱いみちるの口内に舌を差し入れた。水音がうるさいはずなのに、口内を探る音は何故かはっきりと聞こえて、僕の気持ちを煽り立てた。


「ねえ、なんで?」


 僕は唇を離してから、もう一度みちるに尋ねた。

 みちるは目を伏せ、少し迷うような表情になった。それから、口を開く。


「禊……よ」

 みちるは小さな声で呟いた。

「今年の汚れは今年のうちに、落としたかったの。ただの習慣よ」


 みちるはそこまで言って、何故か恥ずかしそうな顔になり前を向いてしまった。

 ほら、もういいでしょう、と僕の腕から抜け出そうとする。が、僕はそれを許さず、みちるをしっかりと掴んだまま、その首筋に舌を這わせた。舐めとった傍から新しい水滴が零れ落ちてくる。みちるは僕の動きに合わせて息を乱した。


「汚れてなんかいないのに、みちるは」


 僕はみちるの膨らみに手を滑らせ、ツンと尖った蕾を撫でた。みちるの身体がピクリと震える。

 僕はその反応を確かめたくて、何度か手を往復させた。みちるから漏れる吐息が、シャワーの蒸気と混ざりあって昇っていった。


「はぁっ……でも……」


 みちるが身体を捻り、もう一度こちらを向いた。シャワーのせいか否か、上気した頬と潤んだ瞳が僕を見つめる。


「戦いで汚れた身体を……綺麗に、したかったの……」


 僕はその言葉に思わず手を止めた。彼女が発した『禊』の意味に気づく。


 僕より早く戦士として覚醒したみちるが、その『禊』を習慣としてきたこと。何度洗ってもこびりついて落ちないように思えるその汚れを、せめて新しい年に持ち越さないように洗い流す……そんな儀式を、みちるは人知れず行ってきたのだ。


 僕はみちるを抱く手を緩めた。みちるは腕を逃れ、僕の方を向く。

 ザーッと流れ続けるシャワーの下、僕達はびしょぬれのまま見つめあっていた。


 僕は今度はそっとみちるの肩に手を置いた。ゆっくりと顔を近づける。みちるが目を閉じて受け入れるのを確認して、優しく唇を重ねた。

 

 勢いに任せて行った先ほどの口付けより、ずっと甘くて優しいキスを――。


「僕が、全部綺麗にするよ」

 唇を離してから、みちるの耳元でそう囁いた。

「え……?」


 戸惑ったような表情で僕を見つめ返すみちるの右手を取り、そっと唇を落とす。

「僕が、全部綺麗にする」


 つけっぱなしのテレビから、新しい年になったことを告げる音声が微かに聞こえてきた。



 僕達の新しい一年が始まろうとしている。

 汚れも、罪も、痛みも……もう一人で背負うことなどない。全部、僕が引き受けるから――。



 僕は彼女の全てを飲み込むべく、その白い肌に唇を這わせた。



←小説一覧へ戻る

Copyright © 2022 Akasuki All rights reserved.
Google Sites
Report abuse
Google Sites
Report abuse