朝食の準備をすると言って部屋を出てから少し経って、はるかはホットミルクと常温の水、それから小さな白パンが乗ったお皿をトレイに乗せて、寝室に戻ってきた。みちるが横たわっている方のベッド脇にサイドテーブルを寄せ、そこにトレイを置く。みちるは相変わらず軽く眉間に皺を寄せて辛そうな表情をしていたが、はるかがやってきたことに気づいてゆっくりと身体を起こした。
「少しは口に入れられそうかな」
はるかがみちるの隣に腰掛けて、微笑む。みちるはええ、と軽く頷いた。
「ありがとう、はるか」
普段であれば、マナーを気にして寝室で飲食することなどはない二人も、こういう日だけは特別だ。みちるはベッドサイドに腰掛けて水をゆっくりと口に含んだ。はるかは、みちるが普段使っているショールを持ってきて、起き上がったみちるの肩にかけてやり、軽く背中に手を置く。みちるははるかのさりげない優しさを背中に感じながら、ホットミルクの入ったマグカップを手に取り、両手で包んで暖かさを感じていた。
みちるはちぎったパンをゆっくりと咀嚼し、時間をかけて食べた。時折ぼうっと眺める視線の先には、カーテンが閉じられたままの窓。外は依然として強い雨が降っているようだ。
「薬も持ってきたよ」
みちるが一通り食事を終えたタイミングで、はるかはポケットから痛み止めを取り出し、トレイに乗せた。みちるがこくりと頷いて薬を手に取り、飲む。
「食べたら少し、気分が良くなったわ。薬が効いてくるまで、もう少し休もうかしら」
みちるがそう言って横になるのをはるかは手助けし、微笑んだ。
「そうするといいよ。僕はこれを片付けて来るから」
みちるにブランケットをかけてやり、はるかはトレイを持って寝室を後にした。
はるかは軽く片付けをしたあと、自分も適当にパンを頬張り、再び寝室を覗きに行った。薄くドアを開けて見ると、ベッドの上にはこちらに背を向けて小さくうずくまるみちるの姿。規則正しく静かに上下する身体を見て、あれ、と思ったはるかは、そうっと近づいてみちるの顔を覗き込んだ。
――寝てる。
みちるはあどけなく緩んだ表情で、眠りについていた。先程までの苦痛から解放されたようなその表情に、はるかはほっとする。この様子だと、昨晩からろくに寝られていなかったのかもしれない。しばらく寝かせてやろう……そう思ったはるかは、みちるの睡眠を妨げない程度に身を寄せて、自らも横になった。
窓の外からは相変わらずザァァと強い雨音が聞こえていた。はるかは目を閉じて、その音に集中する。
水の発する音は、人の心を魅了する力がある。ちょろちょろと小さく流れる小川の音も、浜辺に打ち付ける波の音も、そして今日のような激しい雨音も。
みちるが元気になって、天気がよくなったら、どこか水がきれいな場所にでも行こうか――そんなことをぼんやりと考えていたら、いつの間にかはるか自身もずるずると眠りの世界に引き込まれていた。
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