後ろからはるかの腕が回されるのを感じて、みちるは目を覚ました。何も着ていない素肌に、はるかの熱が触れる。
まだ早朝だが、カーテンの向こうはもうすっかり明るくなっているようだ。今は一年で最も朝が来るのが早い季節。日中の湿気もじとりとする暑さもうんざりするけれど、明るい日差しに起こされる朝が、みちるはそれほど嫌いではなかった。
――寝惚けて抱きしめるなんて、可愛いわね……。
と、まだ自分自身もほんのり夢見心地でいながら、みちるは考えていた。昨日もたくさん、お互いに愛し合って熱を送りあったばかりだと言うのに、まだ自分を求めて寄り添ってくれるパートナーが愛おしい。
ぼんやりとそんなことを考えていたのもつかの間。おとなしくしていたと思われたはるかの手は、みちるのウエストラインを柔らかく撫で、その上に待つ大きな膨らみまで歩いて来る。
寝惚けているにしては明確な意思を持ったその動きに、みちるは擽ったくなりピクリと身体を震わせた。
「……はるか?」
小さな声で、囁くように声をかけてみると、はるかは返事の代わりに自分の身体をぎゅっとみちるに押し付けた。それから、みちるの胸元に手を添える。
何だか様子がおかしい、と言うより、少し下半身に違和感がある――寝起きのぼんやりしたみちるの頭でも、そのことに気づくまでにそれほど時間はかからなかった。
「はるか、あの……」
みちるはどう言ったものか迷い、遠慮がちに口を開いた。そんなみちるの様子を気づいているのかいないのか、はるかはより身体を密着させる。みちるの脚に自らの脚を絡めるようにして、みちるの耳許で囁いた。
「起こしちゃった?ごめんね」
言いながら、はるかの指先はみちるの胸の先に触れた。口では謝っていながらも、辞める意思の全く感じられないその動きに、みちるは身体の内側が熱くなるのを感じる。
「ねえ……その。
……はるかの、当たってるわ」
意を決して、みちるは口にした。はるかに背を向けてはいるものの、それを言うのは少し恥ずかしく、思わず声が小さくなる。
対してはるかは、みちるの羞恥心も指摘された事実も全く気にしていないようだった。
「あ、バレた?」
むしろその呆気からんとした口調は、楽しんでいるか喜んでいるかのようにすら感じる。
バレたも何も、はるかの方からそれを押し付けてきたではないか――みちるは半ば呆れながら、自分の胸元を這っていたはるかの手に自らの手を重ね、それからゆっくりと身体を動かし、そちらを向いた。間近ではるかの瞳を覗き込むと、萌葱のような深いグリーンがみちるを見つめ返した。はるかは口端を軽く上げて微笑み、みちるを抱き寄せる。
「ごめん。朝って、そういう気分になりやすいんだよね」
はるかは詫びてはいるものの、やはり声を聞いても表情を見てもそうは見えない。みちるはおずおずと聞いた。
「昨日の夜もしたばかり……よね?」
みちるはそう言いながら、なんでこんな事を聞いているのだろうと、胸がドキドキ鳴るのを感じていた。昨夜の出来事を思い出し、その事実を再確認することもまた、みちるにとっては余計に身体を火照らせる要因にしかならない。
朝はそういう気分になりやすい――みちる自身はそういう経験がなかったので、その告白には驚いた。はるかについては少し特殊な身体ではあるから、一般論に当てはまらない部分も多い。同性とも異性とも言えないから、はるかと共感できる場合もあれば、できない場合も多いのだ。
はるかがさらりと言うので思わず聞き返してしまったが、なんて恥ずかしいというか、はしたないことを聞いてしまったのだろう……一瞬みちるはそう思ったが、その心配はすぐに杞憂であることがわかった。
「うーん、それはそうだけど。むしろ」
はるかは一瞬何かを考えるように視線を上に向けてから、みちるに戻った。
「昨日のみちるを思い出したら、つい」
はるかがいたずらっ子のような目でそう言うので、みちるは思わず目を伏せた。――ああ、この人は。どうして自分よりももっともっと恥ずかしいことを、そんなにはっきり言えるのだろう……と、みちるの頭の中に一気に熱が回る。
「もう……ばか、ね」
かろうじてそれだけ呟いて、みちるははるかの胸に顔を埋める。みちるは今の顔をはるかに見せられる自信がなかった。きっと自分では見たことも無いくらいに赤いし、恥ずかしさを隠せない顔をしている――。
はるかはその頭をぽんぽんと撫でてから、みちるの首元から頬のラインを指でつ、と撫でて、持ち上げた。はるかの細くしなやかな指先に導かれるように、みちるは顔を上げる。潤んだ瑠璃紺の瞳がはるかを見上げた。
「ね、ダメ?」
はるかがみちるから目を逸らさずに、甘い声で囁いた。
――ずるい。
はるかにそう言われたら、みちるは断れるはずなどなかった。ねだるような視線と声を聞いていたら、まるで魔法をかけられたかのように身体の芯が蕩けてしまう。
気づけばみちるは、まるで操られるかのように、ゆるゆると首を横に振っていた。それから目を閉じる。
はるかはみちるに唇を合わせた。啄むように軽く二回ほど触れてみたあとで、閉じていた唇をあっさり割って口内に舌を侵入させる。数時間前にも幾度となく交わされたはずのその動きは、その熱い時間を思い出させるには十分すぎて、みちるは下腹部に鈍い疼きを感じ始めていた。
はるかの柔らかく温かい舌は口内を撫で、みちるの舌と絡み合う。みちるの同意を得るまでおとなしく待っていた両手は、再びみちるの胸の先端を弄り始めていた。
「ふっ……あっ……んっ」
ついたり離れたりする唇の隙間から、温かい吐息が漏れた。はるかの指先の上で器用に転がされるみちるの双丘は敏感に反応して、みちるの身体にぴりぴりとした刺激を送っていた。
はるかの下半身はその間にも、みちるの太腿に押し付けられるように当たっていて、熱く固くなっていた。時折それがみちるを求めるように主張して擦られる。みちるの中に入りたいという意思さえも感じて、みちるの下腹部も熱く反応していた。
はるかは少し身体をベッドの下方向に向けて動かし、みちるの胸元まで降りてくると、胸の先端を口に含んで吸った。みちるは身体を震わせる。
「は……んっ……や……ん」
数時間前に上げたばかりの嬌声をまた発することになるとは、みちるも思っていなかった。そしてたった数時間のことではあるけれど、自分の喉の奥から再び、普段とは異なる甘くて掠れた声が出ているのは気恥ずかしく、思わず手の甲を口元に当てて塞ぐ。
はるかはそんなみちるの様子には構わず、口に含んだ飾りを転がすように舐め、吸った。みちるはきゅっと目を瞑り、迫りくる快感に耐えていた。何度かはるかの舌がみちるの両の胸を往復したあとで、はるかは顔を上げてみちるが塞いでいた手を取る。それからみちるにくすっと微笑んだ。手を取られて軽い抵抗を見せたみちるは、はるかの方を見上げた。
「……なんで、笑うの?」
みちるがやや不満そうな表情ではるかに問うと、はるかはごめん、と弁解するような顔で言った。
「さっきもしたのに、みちるはいつ見ても、初めてみたいに可愛い」
予想外の言葉に、みちるはぷいと視線を逸すしかできなかった。
「もう……やめて」
はるかは何を言えば自分の羞恥心を煽ることができるのかよく知っていて、しかもそれを全く意識せず自然に口にする。ベッドの上では自分はいつもはるかの成すがままだ。普段の生活の中では、決してそんなことはないのだけど――とみちるは少し悔しく思う。
珊瑚のごとくうっすらと染まった頬を、はるかは片手ですっと撫でて、自分の方を向かせた。愛おしげに目を細めてから、呟く。みちるはまたその視線に痺れるような感覚を覚えた。
「やめないよ」
そう言ってはるかは、みちるにまた深く口づけをした。
みちると口づけをしながら、はるかの右手は迷うことなくみちるの下腹部に向かっていた。そこはとっくに熱く蕩けていて、はるかを受け入れる準備が十分にできている。数時間前にもそこにはるかを受け入れたわけだから、十分に慣らされているとは思ったものの、はるかはみちるを傷つけないようにゆっくりとそこに触れた。性急に自分をそこに埋めたい気持ちももちろんあったが、実ははるかは、そこを触れて確かめる瞬間が好きでもあった。何度触れようともそれが数時間前に経験したことであっても、みちるが自分のことを感じながら身体を熱くして待っていてくれることを確認できる瞬間でもあるから。
「みちる、もうこんなにとろとろだ……」
はるかは少しだけ顔を上げて呟いた。みちるの気持ちを煽るつもりなど全くなく、ただ事実を述べているだけなのだが、みちるは恥ずかしそうに首を振る。その表情を眺めながら、はるかはみちるの中に指を侵入させた。侵入する瞬間に見られる、快感と違和感がないまぜになったようなみちるの表情も、はるかはまた好きだった。
「んっ……はぁ……あ」
軽く息を詰めて、みちるははるかの指を飲み込んだ。表面に触れてみる以上に中は熱く、はるかの指を包み込む。この瞬間にいつも、はるかの期待感は一気上がってしまう。
それでも焦らないように、と、みちるの表情を見ながらはるかはゆっくりと手を動かす。目の端に涙を滲ませ、迫りくる何かと戦うような、あるいは何かを堪えるような、そんな表情でみちるははるかを受け入れている。
はるかが空いた方の手をみちるに絡ませると、みちるは縋るようにその手を握り返した。すでに慣らされているおかげだろうか、みちるは早々に増やされた指を飲み込んだ。
「んっ、ああっ、はっ、ん」
みちるの声が一段高くなる。
みちる自身は、身体が発する反応に比べて、中に湧き上がる刺激は鈍く感じていた。おそらくそれはいつもと違う時間帯で――寝起きで、身体がまだ完全に目覚めていなくて――、感じ方も違うのかもしれない。身体の中心はうずうずとはるかを求めるのに、昇ってくる快感は鈍く、ややもどかしさすら感じていた。はるかは朝の方がそういう気分になる、と言っていたけれど、自分はなんだか少しのんびりとしているような……その違和感や焦りがみちるに出ていたのだろうか、はるかは宥めるようにみちるに軽くキスを落として、言った。
「ごめん、僕が焦るから。みちるのペースでいいよ」
そう言って、自らの頭をみちるの中心部に寄せた。指を中に入れたまま、みちるの中心の尖った部分を舌でちゅうっと音を立てて吸う。
「あっ、いやっ、ああっ」
突如訪れた刺激に、みちるは腰を浮かせて叫ぶような声を上げた。はるかは繋いでいた手を一旦離してみちるの腰を支えつつ、舌と指での刺激を続ける。その刺激の鋭さに、みちるの中で燻っていた何かが燃えだしたようで、急に頭がくらくらとし始めた。
「あっ、いっ、だめっ、ああ、あああっん、ああ……」
急な刺激と気持ちの昂りに、みちる自身も動揺して、どうすればいいかわからなかった。あっという間に軽い絶頂感が訪れる。みちるの声が掠れるように絞られたのを聞き逃さず、はるかは指で中を突いた。みちるの膣内は急激に収縮し、足はぎゅっとこわばって、はるかの頭を挟み込む。荒く息をつくみちるの腰をそっとベッドに下ろして力が抜けるのを待ってから、はるかはようやくみちるの足の間から顔を上げた。
「も、もう……私のペースで、って言ったじゃない……」
まだ少しだけ上がる息の間で、みちるははるかに軽い悪態をついた。それは、はるかに翻弄されっぱなしであることへのみちるのささやかな抵抗でもあるし、前触れ無く乱れることになってしまった恥ずかしさを誤魔化したい気持ちでもあった。はるかはみちるの額をそっと撫でて、にやりと口角を上げた。
「目、覚めたかな」
抵抗が全く効いていないようなその笑みに、みちるは観念したかのように軽く微笑んで、頷いた。
十分に高まったみちるの身体に、はるかはゆっくりと自分自身を埋めていった。ずっと主張を続けていたそれは、痛いくらいに膨らみ、みちるの中をいっぱいにする。みちるは再びぐっと息の詰まるような感覚を感じながらそれを受け入れた。
「動くよ」
はるかが呟くように言った一言を皮切りに、ゆっくりと律動を始めた。最初はやや浅めにゆっくりとした刺激をしていたのを、徐々に深く強く動かすようにしていく。中がだんだんと温かく掻き混ぜられるのをみちるは感じていた。みちるは甘い声を上げながら、腕を伸ばしてはるかの身体に回す。
「はあっ、あん、はるかっ、ああっ、んっ」
何も着ていない背中を傷つけてしまうことが躊躇われたけれど、指先にこもる力を逃すこともできない。みちるは強くはるかの背中を抱きしめていた。はるかも、みちるの身体に腕を回して抱く。
「みちるの中……いいよ」
「う……ん……気持ちいい……ああっ」
はるかの腕に抱かれながら、夜眠りに就く瞬間と朝目覚める瞬間、どちらもはるかの腕の中にいられるという幸せを、みちるは感じていた。何度抱き合っても飽きることなく、はるかが好きなのだという温かい感情が、心を支配していた。
みちるの温かい思いがはるかに伝染するかのように、はるかはみちるを愛おしげに見つめ、キスを落とす。律動はだんだんと速くなり、はるかの表情からは余裕が消え、やや必死ささえ滲んでいた。みちるが薄く開けた目からはるかの表情を見ていると、心から自分を求めてくれているような気がして、愛おしさでいっぱいになる。
みちるの中が締まり始めたのをはるかが感じ、動きを早める。互いに限界が近づいてきていた。最後にもう一度キスを交わしてから、はるかは余裕のない息遣いで言葉を発した。
「みちる……好きだ……んっ……あぁ、もう」
「ああっ、はるか、わたしも……あああああっ、あ――」
辛うじてみちるが応えると同時に、みちるの中で何かがプツリと切れたように強い刺激が走り、ぎゅうっとはるかを掴んだ。はるかはみちるに包み込まれたまま極限に達し、ぐっと息をつまらせた。
カーテンを締めていてもわかる程に明るい日差しの中、静かな寝室に二人の息遣いだけが響いていた。しばらくはるかはみちるの上でじっと息をついていたが、やがて深いため息とともにみちるの上に折り重なるように崩れる。みちるはそれを受け止め、きゅっと力を込めて抱きしめた。
しばらくそうしていて、やがてはるかがぼそりと呟いた。
「ごめん……つい、止められなくて……身体、辛いよね」
はるかの一言に、みちるは一瞬きょとんと目を丸くした。それほど間を空けずに抱き合ったのは初めてで、言われてみると確かに腰に重だるい感覚が残る。しかしそれを今さらになって気遣うはるかが何だかおもしろくて、みちるは思わずふふっ、と笑った。
「本当よ。今日は何して貰おうかしら」
冗談めかしてそう言ってから、苦笑するはるかに、ちゅっ、と口付ける。
……そうは言ってみたけれど。
いつもと違う一面を見られる朝も、はるかに起こされる朝も、たまには悪くはないわ――みちるはそう思いながら、愛しい金色の髪間に顔を埋めた。