「はるかパパァ! みちるママァ! せつなママァ!」
「待ってくれよ」「速いわ、ほたる」「急がなくてもいいんですよ」
ほたるの呼び掛けに、三人がそれぞれ応えた。五月晴れの爽やかな空気のもと、きらきらと輝く笑顔がその先に待っている。
新たな危機の予感を察知し、せつなが土萠教授からほたるを預かってから数週間……ほたるは目ざましい成長を遂げ、あっという間に歩き、喋るまでに至った。
成長が早いことを除けば、ほたるは他となんら変わりない、無邪気な子どもだった。ただし、その背にはセーラー戦士という使命を負っている上、かつては豹変した自分の父親に苦しめられたり、自分の中に宿った別の魂に身体を乗っ取られそうになるなど、数々の苦難を受けてきた。さらに今も、その父親とは離されて暮らし、新たな戦いが待ち受ける状況に置かれている。
ほたるが無邪気な子どもらしい姿を見せるたびに、却ってその運命の残酷さがくっきりと浮き彫りになるようで、三人の心は複雑に痛むのだった。
「これで……よかったんでしょうか」
ふと、せつながそうこぼした。はるかとみちるは立ち止まり、せつなの表情を窺う。その詳細を聞かずとも、せつなが何について考えているのか、二人には良くわかっていた。
「せつな」
いたわるような優しい声音で、みちるがせつなに声をかけた。
「せっかく土萠教授が元の人格に戻り、これから二人水入らずで生活ができるという時だったのに、私は……」
せつなが自らの手を目の前にして、見つめた。――まるでその手が、父親から子どもを引き離すという罪深い行為を行った手であることを、深く悔いるかのように。
「せつな」
みちると同様、はるかも優しくせつなに声をかける。
「あの子がセーラー戦士であり、戦わなければならないという運命を、僕たちが変えることはできない」
はるかはせつなから視線を外し、遠くのほたるに向けた。ほたるは相変わらず無邪気にはしゃぎ、その場でくるくると回ったり、ぴょんぴょんと跳ねてみせたりしていた。
「私たちがあの子の力を頼りにしているというのも、また変えることができない事実ね」
はるかに続けてみちるもそう言って頷いた。
「だけど」
はるかがせつなの手を取った。
「え?」
突然のことに、せつなは驚いたような表情で応え、はるかの手の動きを目で追う。はるかはせつなの手を取ったまま、彼女の目の前に掲げた。
「ほたるが今の時間を幸せだと思えるように過ごせるかどうかは、僕たち次第だ」
「そうね」
はるかの言葉に続けて、みちるもせつなの手を取った。せつなは両側からはるかとみちるに手を繋がれた状態になる。せつなの褐色の頬が、ほんの少しだけ色づいた。
「はるか……みちる……」
せつなが二人の名を呟くと、二人はせつなににっこりと微笑みかけた。
「ほたるがまた、本当の父親と暮らせるようになる日まで……私たちからできることはしてやりたいわね」
「絶対にこの世界を守って、あの子を帰してあげないとな」
迷いなくそう言った二人の表情に、せつなは背中を押されるような気持ちになった。
本当は二人もこのような形を望んでいないことは、せつなもわかっていた。ほたると向き合うたびに、本当にこれで良いのか――常にその不安と戦っているはずだ。
だけど今はこうするしかない。そのために、今できることを精一杯やって、ほたるが幸せだと思えるようにする。……そう、言い聞かせながら過ごしているのだ。
「あっ!パパとママたち、仲良くしてるー! ずるーい。ほたるも入れてー!」
三人が手を繋いでいることに気がついたほたるが、こちらに向かって駆けてきた。その表情は、自分が愛されていることを信じて疑わない、まさに子どもらしく純粋で、幸せに満ちた表情だ。
せつなは迷いを振り切るように頷いた。
「そうでした……私が迷っていたらいけませんね」
三人の元に駆けつけたほたるを、はるかとせつなの間に入れて、四人で手を繋いだ。
「ふふ。みんな。ずーっと仲良しよ」
「ああ。ずっと、な」
「そうね」
「そうですね」
無邪気なほたるに、三人の頬は自然と緩む。
――ほたるがセーラー戦士として戦う運命を、変えることはできない。だけどまた、ほたるの力を借りることで、変えられる運命もある。
今も、そしてその先の未来でも、ほたるには笑っていてほしい。
――だから私たちは、こうやってほたるの健やかな成長を願っているのでしょう?
せつなはほたるを見て柔らかく微笑んでから、上空を見上げた。
何尾ものこいのぼりがはたはたと大空を泳ぐ様子を、四人は目を細めてずっと眺め続けた――。