「んっ……あっ、はぁっ、はるかっ……」
自分の身体にふるふると震えが走り、全身が強張るのを感じた。
その名を呼んだのは、今日何度目だろう。彼女の指によって高みに導かれたのは、何度目だっただろう。
わたしはもう、正確に覚えていなかった。
はるかの手により、何時間も、大袈裟ではなくまさに一晩中、わたしは愛されていた。全身にくまなく触れられ、わたしの身体ではるかの痕跡が残っていない場所はもはやもうないだろう。反応することも、息をすることさえも疲れるほどにわたしの身体は気怠かったが、それでも新たな刺激がもたらされれば、驚くほど素直に彼女を求めてしまう。その名を呼んでしまう。
「はるかっ……あぁっ、もっと……」
はるかがわたしを求めて止まなくなる夜が、時々、あった。彼女いわく、愛おしさと衝動が止まらなくなり、いつもなら満足できるほどにわたしを愛でても簡単には満足できなくなるらしい。露骨な言い方をしてしまえば、どれほどイっても満足できないような感覚なのだと、はるかは自嘲気味に溢していた。
はるかはいつも、わたしのことを執拗なまでに愛するけれど、自分が攻められることはあまり好まない。軽めのスキンシップは良いけれど、わたしが触れられて好む部分を同じように返そうとしても、そこまで嬉しいとは思わないようだ。だから、わたしが感じる性的な絶頂や快感を同じようには感じてはいないと思う。
たまに満足感を得られなくなってしまうのは、はるかがわたしに対して男性的な役割を取るばかりで実際は自分が直接的な刺激を受けていないからなのではないかと、わたしはうっすらと思っていた。つまり、絶頂を味わうことがないから満足できないのだ、と。
だが、はるかはそれをあっさり否定した。
「みちると同じ感覚になることは多分できないけど、ぼくは君がイク時にたまらなく嬉しくて気持ちいい、つまり僕もみちると同じように、『イってる』んだよ」
だからぼくのことは気にせず、君はぼくに身を委ねて心ゆくまで気持ちよくなって――そう囁かれてから情事に至ったあの夜、わたしはきっと頬だけでなく耳の先まで染まっていたに違いない。
つまりはるかが突発的に満足できなくなってしまう、今日のような夜――それは普段の交わりに対して不満があるわけでもなんでもなく、本当に突然発生し、自分の中の歯止めが効かなくなって暴走する、そんな感覚なのだと言う。
そんな夜は決して多くはない。数ヶ月に一度あるかどうか、という頻度だ。しかし幾度か繰り返すうち、いつしかわたしにも変化が起きるようになっていた。
そう、はるかがわたしを求め続ける夜は、わたしも何度触れられても満足できないほどに、はるかを求めるようになってしまったのだ。
……いや、正確に言えば少し違う。わたしは今夜、もう十分に満足している。けれどはるかが飽くことなくわたしを求め続けるから、わたしの身体もまたすぐに熱を持ってしまい、はるかを求めてしまう。
はるかが求めるから、わたしも求める。
わたしが求めるのをやめないから、はるかも求め続ける。
わたしの身体をこんな風にしたのは、他でもない、はるかだ。
「はぁっ……! ダメっ、はるか、そんなことされたら……わたし、もう…………あああっ」
はるかは今、わたしの深部を舌で器用に捲り上げ、中にある花芯を執拗に刺激し続けていた。そしてまた、わたしは何度も連れて行かれた頂点に昇らされた。はるかの頭部が足の間にあるにも関わらず、止めようのない身体の震えで、思わず彼女を押さえつけるように挟んでしまう。はるかは意に介さないようだった。
初めてそこを舌で愛撫されたとき、恥ずかしさで信じられない気持ちになったことは、今でもありありと覚えている。はるかの行動は正気じゃないとまで思った。一瞬だけでも彼女を全力で拒絶しようと思ったのは、後にも先にもこれきりかもしれない。そのくらい驚いたのだ。
けれど次の瞬間、わたしははるかの舌の動きに見事に溺れさせられた。これまでに感じたどんなものよりも、柔らかく温かく、なんと表現すれば良いかわからない感覚がわたしの中を駆け巡った。気づけばわたしははるかに身を任せ、その渦にあっさり飲み込まれたのだ。
その時のわたしの反応は、はるかにとって満足いくものだったのだろう――つまり、はるかの言うことを信じるのであれば、わたしが快感を得た分、はるかはそれと同等の気持ちよさを味わっていたということだ。
何より、わたしの中を巡る得も言われぬ感覚と、口角を上げた彼女の表情が、それを物語っていた。
息が苦しい。大きく吸って吐くと、自分の胸が膨らんで落ちるのが目に入った。その向こうに、黄金色のサラサラとした髪。深く煌めく碧の瞳。夜のはじまりに興奮で輝いていた瞳は、幾分か落ち着いたように見えた。きっとこの強く衝動的な時間も、もうすぐ終わるのだろう。朧げになった意識でそう感じた。飲んでも飲んでも潤うことのない喉の渇きが、それでも飲み続けることでいつかは潤うのと同じように、はるかも夜明けを迎えるころには満足する。尤も、その満足感に溢れる様子を見ることができないまま、わたしの意識はいつもどこか遠くに去ってしまうのだけれど。
長い指がわたしの中に入ってくるのを感じた。わたしの中から溢れ続けた蜜は、はるかの唇も手もしとらせ、いまわたしが横たわるシーツも意味のなさないものに変えてしまっているに違いない。最初はただ恥ずかしいだけだったしどこか汚いとも思っていたそれが、今では一晩中はるかに愛された証とすら思えるようになった。
それも、はるか自身がわたしを、そしてわたしから溢れ出る全てを愛し、それを伝えてくれるから実感できたことだった。
「んっ……はぁ、はる……はるか……ぁ…………あっ、んっ」
彼女の指がわたしの中を丁寧に解す。もう今夜だけでその手は何度もわたしに触れ、中に入り、たくさん乱され、高みに導かれていたのだけれど、今度こそこれが、今日最後の愛撫であることがわたしにはわかっていた。
はるかは最後に必ず、彼女自身の手でわたしを頂点に導いてくれる。それは指先による直接的な刺激が最も心地よく、わたしが一段と強く反応してしまうから、というのもあるけれど、何より一番の理由は、わたしがはるかの手を好きだということを彼女自身が知っているから、だと思う。
わたしははるかの手が本当に好きだった。こういった関係になる前から、ずっと。愛おしく、触れたいと何度も願った。奇跡的にその願いが叶った後、わたしの欲は一層深くなり、今度はその手で乱されたいという恥ずべき願いを抱いた。
――そして、それは叶った。
わたしは今、愛するはるかの手で一晩中乱され、その幸せな時間の終わりの瞬間も、はるかその人の手により愛されようとしている。これはわたしの強い願いでもあり、はるか自身の願いでもある。
「はるか……っ! ああ…………もっと……好き……お願い、もう……‼︎」
はるかの背中を掻き抱き、息を乱しながら精一杯に語りかける。乱れているのはわたしだけではない。一晩中わたしの身体に集中し続けた彼女もまた、息を乱し汗を滲ませ、目を細めて最後の瞬間を見届けようとしていた。
「はぁっ……みちるっ…………みちる……‼︎ ……愛してる」
切なげにわたしを求める掠れた声が、耳に届いたその瞬間。
わたしは深く遠い海に向けて、意識を解き放った。
最後のその瞬間まで、はるかの手の温もりと優しさを抱いたまま――。